うちのCATV(JCOM)をアナログからデジタルにアップグレードした。
特にこれといって動機があったわけではなかったのだが、地デジブームでもあるし、2011年にはアナログ放送が全廃されてすべてデジタル化されるということもあるので、時代を先取りという意味で、デジタル化してみた。
切り替え工事自体は特段難しいわけでもなく、業者の人が来てセットトップボックスを交換し、配線し直して初期設定するというだけで、ものの1時間で済む程度の作業。これで、チャンネル数もアナログ時代より格段に増え、海外の映画やニュース番組、そしてペイ・パー・ビューの番組なども見られるようになり、またCATV局~ユーザ間でのインタラクティブな操作も可能となって、非常に充実したテレビライフが送れるようになった。気に入った番組をどんどんDVDに落とし込んで、コレクションを充実させられる、と期待していたのだが、甘かった。
HDDレコーダーに録画した番組は、一世代しかコピーできないのである。
デジタルCATVなどのデジタル放送で放映されている番組には、ほとんど例外なく、「コピーワンス」という複製規制技術がかかっている。
これは、映像信号の一部に特殊な暗号化された制御信号を埋め込んだ状態で映像が送信され、それを受信して録画したHDDレコーダーなどの機器から、外部(他のHDDレコーダーや、DVD-R、DVD-RAM、DVD-RWなどの媒体)への複製が規制されることになる。
「コピーワンス」というと、一回限りであれば複製が可能であるような印象を与えるが、実際にはそうではなく、録画したHDDレコーダーからDVD-RAMなどの媒体に複製しようとすると、記録は可能だが、その際には元のHDDレコーダーに記録されているデータは削除されてしまう。つまり、HDDレコーダーから他へコンテンツをコピーするのではなく、単に中身を移動するだけなので、これを「ムーブ」と呼ぶ。コピーワンスの施されたコンテンツは、他媒体に「ムーブ」することしか許されていないのである。
また、ムーブすることができるのは、DVD-RAM、DVD-RW、HDDレコーダーなどの「CPRM(Content Protection for Recordable Media)対応」のメディアや機器だけで、CPRM対応していない通常のDVD-Rなどの媒体にムーブすることはできないようになっている。
そのため、同じコンテンツを複数のメディアに分けて持っておくことができない。また、録画したコンテンツのうち特定のシーンだけを抜き出してDVDなどにコレクションしておく、といった使い方もできない。
このような規制が必要となった背景は、ビデオカセットレコーダーの発明以来、人類の戦いの歴史でもある「映像コンテンツのコピープロテクト」の必要性である。映画やテレビの番組がビデオテープに録画できるようになり、それらが無秩序にダビングを繰り返されて「海賊版」として市場に流れるようになった。製作者が巨額の制作費をかけて作製したコンテンツが、権限のない人にタダ同然の価値で流出するような事態が続けば、製作者の収入源が断たれ、コンテンツ産業自体が衰退していく。そのため、そういった事態を防止しコンテンツに適切な対価を保証するということで、無秩序のダビングやコピーを規制する必要が生じたのである。
それでも、ビデオテープであれば、ダビングを繰り返していくうちに元の画像はだんだん劣化していき、品質が落ちていくので、コンテンツの無秩序な流出はある程度防ぐことができた。しかし、昨今のデジタル映像の普及により、何度ダビングしても全く品質の劣化しない複製品を簡単に作ることができるようになってきた。そうすると、オリジナルと全く変わることのないコンテンツが、オリジナルの対価を払うことなく、簡単に手に入ってしまうことになる。
それに危機感を抱いた放送業界などが、コンテンツの規制を強化する方向に乗り出した。まず、放送波にスクランブルをかけ、正規の視聴料を払わない者が放送内容を視聴することができないようにした。そして、正規の料金を払った者に対しては、B-CASカードを交付し、それを専用の受像機に挿入することで、スクランブルが解除されることにした。これにより、正規の対価を払わない者に対してコンテンツを見ることを一切排除した。
そして同時に、スクランブル信号に加えて、コピーワンスの信号も放送波に一緒に混ぜたのである。デジタルコンテンツは複製が容易という欠点はあるが、このような制御信号を混ぜることも非常に容易で、それが規制する側に好都合に動いたのだ。それ以来、デジタル放送の番組は、ほとんど一律にコピーワンスがかけられるようになってしまったのである。
これらの技術の仕様を決めているのは、ARIB(社団法人電波産業会)である。デジタル放送信号に関する仕様から受像・録画機器の動作に至るまで、技術仕様はすべてここで決められており、市中に出回っているチューナーやHDDレコーダーなどはすべてARIBの仕様に準拠している。ARIB準拠でないHDDレコーダーでコピーワンス番組を録画することはできない。
コンテンツ著作者や放送業界の権益を保護するためにこれらの規制が設けられたのだが、利用する側としては、非常に息が詰まる規制である。何よりも、一度対価を払って買ったコンテンツさえも、自由にいじることができないというのは、不便きわまりないし、著作権法上保証された「私的複製の自由」すら、不当に奪われている。地上波であればHDDレコーダーに直接録画すればこれまで通り自由に利用できるが、2011年のアナログ放送全廃後は、すべての番組がコピーワンス化され、不自由を強いられることになってしまう。
そこで、総務省は2005年7月に中間答申を発表し、「コピーワンスの現行の運用を固定化する必然性はなく、私的利用の範囲で視聴者の利便性を考慮して運用の改善を図る」と、コピーワンスの見直し方針が打ち出された。これを受けて、JEITA(社団法人電子情報技術産業協会)は11月、コンテンツ保護検討委員会で、放送局が番組送出時に付加するコピー制御信号を、現行のコピーワンスから「出力保護付きでコピー制限無し(EPN運用)」へ変更することを提案した。
EPNでは、全ての映像信号には制御信号が付加されるものの、EPN対応の正規の録画機器やDVDなどへのコピーは自由化され、回数制限もない。ただしPC上での再生はできないため、インターネット上への無秩序な流出は防ぐことができる。
しかし、この提案には反発の声も根強い。特に放送事業者は、「権利者の理解が得ることが非常に難しい」として、コピーワンスの撤廃には慎重だ。代わって、私的録画の機会を確保しつつ、現行のB-CAS+コピーワンスの枠組みの中で、運用ルールの見直しで利便性向上を図る方針を打ち出している。また、さらに過激な業界団体は、著作権法の改正によって個人の私的複製権すら制限することを求める声さえある。
この問題はそれぞれの立場からそれぞれの利害がからむ非常に複雑な問題だ。しかし、コンテンツの利用するのは、あくまで"お客様"であるユーザーだ。作り手(あるいは、売り手)の権益を過度に保護するあまり、"お客様"の利便性をないがしろにしていては、そのうちそっぽを向かれ、海外のもっと魅力的なものに流れていくだろう。音楽配信サービスが、メジャーレーベルの影響力に過度に遠慮して萎縮した結果、米国発のiPodに根こそぎシェアを奪われてしまった経験は、記憶に新しい。
清い水には、魚は棲まない。せめて、一度金を払った限りは、そのコンテンツは永久的に保持でき、自分自身の範囲内であれば編集も複製も無制限に自由化されるのでなければ、とても使えるものとはいえないだろう。
【関連サイト】
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