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Revolutでレボリューション

私は日本で給料をもらって暮らしていますが、リスクヘッジと多様な運用をするためにアメリカと香港に銀行の口座を持っており、資産分散しています。

日本で得た円をどうやってこれらの銀行に送金するかが考慮事項なのですが、日本の銀行で海外送金をするとコストがものすごくかかるので、オンラインの海外送金サービスをいくつか試してみましたが、どれも1回2000円ぐらいの手数料はどうしてもかかってしまいます。まとまったお金を送金するのならいいのですが、数万円程度のお金を送るのにこれではもったいない気がします。

この問題はペイパルのアカウントを2つ持てば解決できます。別々のメールアドレス2つを使ってペイパルのアカウントを2つ申し込み、片方のアカウントに日本の銀行のデビットカードを登録し、もう片方にアメリカの銀行口座をひもづけます。そして日本の銀行のデビットカードを登録したアカウントにログインして、そのデビットカード払いで、アメリカの銀行口座があるほうのアカウント宛に送金(支払い)をします。そのあとログアウトしてもう一つのアカウントにログインすると、送金した分のお金が(手数料を惹かれた形で)入金されているので、それを米ドルに両替して、登録したアメリカの銀行口座に引き出すということをすれば、少額の送金なら手数料が安くてすみます。ただし日本在住者は香港の銀行はひもづけられないようなので、このやり方では香港の銀行に送金することはできません。

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アフターコロナでどう変わる?

コロナが世界中に広まっていますね。ジョンズ・ホプキンス大学によると4月29日時点で3百10万人以上が感染して、20万人以上が亡くなっているそうです。ここ東京も例外ではありません。

そのせいで、世界中の人々が行動変容を迫られ、何ヶ月も外出禁止になったり、医療関係者、消防士、警察官、スーパーの店員、清掃作業員、配達人、公共交通機関に従事する人などのエッセンシャルワーカーは感染の恐怖に直面しながら外で働いているわけです。

かくいう私も、東京で約2ヶ月近くのステイホーム生活を送っています。日本の感染者数や死者数はアメリカなどに比べると低いですが、それでも毎日何百人もの新規感染者が確認され、何十人もの患者が亡くなっているわけで、感染爆発をひきおこすのを避けるため、アメリカや他の国と同様、不要不急の外出自粛と適切なソーシャル・ディスタンシングを維持することが求められています。最近では在宅勤務をしたり、テレビを見たり、電子書籍を読んだり、食事はドアまでデリバリーしてもらったり、それで食事したり、寝たりで一日過ごしている状況です。

このような不便がいつ終わるか誰にもわかりません。通常に戻るのに18ヶ月かかるという人もいれば、もうアウトブレイク前のようには戻らないという人もいます。東京はニューヨークの3週間遅れといわれていますから、このデファクト・ロックダウンを都が解除するのは早くてもニューヨークの3週間後なのかもしれません。ちなみにビジネスを再開している国はまだどこもありません。

私は食べ物を買いに行くかコインランドリーで洗濯する以外には一日ずっと家にいますので、この先世界がどう変わっていくかを考える時間が十分あって、少し考えてみました。

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Changes of the world from COVID-19

COVID-19 is dreadfully spreading throughout the world, hospitalizing more than 3,100,000 people and taking the lives of more than 200,000 patients as of April 29, according to Johns Hopkins University. It is no exceptions here in Tokyo.

The virus is forcing all people in the world to change their lifestyles. Many have been grounded for months. Essential workers, such as doctors, healthcare workers, firefighters, law enforcement officers, supermarket clerks, garbage collectors, delivery servicepersons, and staff involved in public transportation, work outside facing the fear of infection.

I’ve been staying at my house in Tokyo for almost two months. Although the confirmed cases and the death toll in Japan are lower than those in the United States, there are hundreds of cases tested positive and dozens of casualties every day. People are requested to refrain from non-essential journeys and maintain proper social distancing like the US and other countries to avoid causing overshooting of patients. These days I work from home, watch TV, surf the internet, read e-books, have meals delivered at the door, eat them, and sleep in the bed.

Nobody knows when this inconvenience ends. Some say that it will take 18 months for everything to get back to normal. Others say that it will never return to what it was before the outbreak. Since public health specialists say that the situation in Tokyo is three weeks behind that in New York City, the Metropolitan Government will probably lift the de facto lockdown no sooner than three weeks after NYC. As of today, no countries reopened business yet.

I’m at home all day long, unless I buy foods at the grocery store or wash my laundry at the laundromat. I have much more time to think about what the world will become in forthcoming years. Here’s what I think the world will change:

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第三次世界大戦の序章

令和二年は悪夢で始まったようです。正確に言うと年のはじめには、2ヶ月後にこうなってるなどと誰も予測し得なかったのです。言うまでもなく、いま世界全体が戦っているもの、つまりコロナウイルスの話です。

2月の時点では、特定の国の限られた地域だけの話、あるいはとどめ置かれた豪華客船の中の、気の毒な富裕層の旅行者に限られた話だったのですが、数週間すると、世界のほとんどの場所で関係する話になってしまいました。今や事態は日に日に変わっていきます。ここ数日で、世界中で何千人もの人がこの病気であらたに入院しています。そして中国、日本、イラン、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、アメリカ、その他で、一万人以上の患者が亡くなりました。

WHOはパンデミックを宣言しました。ロックダウンが多くの都市で、ある国では国全体で進行中です。不要不急の外出は禁止されたり、推奨されなくなったりしています。人々は死なないために、家にとどまって、他人と2メートル離れることを強いられています。

このロックダウンで世界経済に大きな打撃を与えています。ダウ平均株価は今月だけで何度もサーキットブレーカーが発動し、1000ポイント以上下落しました。ボーイングの株価はここ数週間で3分の1になりました。この経済危機は1929年の世界恐慌より悪くなっています。

この状況は日本にもあてはまっています。ここ東京では、陽性患者が毎日、前日より多く発生している中、ロックダウンの可能性もあると都知事が発言しました。今週末は不要不急の外出を控えるようによびかけています。

日本人は、緊急事態宣言やロックダウンの発令を恐れているようにみえますが、言いたくないですが私は、ロックダウンの命令はここ数週間以内、あるいは数日以内に発令されるとみています。他の文明国がすでにそうなっているからです。

ロックダウンが避けられないとすれば、どうすればいいのか。ほとんどの人が職場に行けなくなる、ということは、田畑、漁場、搾乳場、工場などに行けなくなるということなので、食糧生産や日用品生産が厳しく制限されるということになります。

ひとたび供給がやめば、パニック買いが起こりやすくなります。すべての家庭が必要なものを得るだけの資金や手段があるわけではないので、この買いあさりの行動は反社会的なものとして非難しなければなりません。パニック買いが起これば、流通機構に平常以上の負担がかかるので、国内の在庫品の流通が不公平になります。このようなパニック買いに加わることは、社会連帯意識の欠如、つまり自分勝手なことをしたのでは社会が成り立たないという意識が欠けていることを暴露するだけでなく、自分が有事の際の備え、貯えを怠っていたことを証明するにほかなりません。

われわれとしては、さしあたり必要な物資を、ロックダウンが発令されるまでに確保するほかありません。すでにロックダウンが実施中の国の人が何をしているのかを知ることが助けになるでしょう。

この経験は、次の重要な示唆と教訓を与えています。つまり、最も権利意識に敏感な自由主義諸国でさえ、さしせまった危機の前では、個人の権利や自由をいとも簡単に、そして迅速にコントロールすることができる、という事実です。それはとりもなおさず、ひとたび緊急事態が発生すれば、個人の権利などとるにたりない脆弱なものということです。

今わたしたちの目の前で起こっていることは、第三次世界大戦の予行演習のようにも思えます。第三次世界大戦は今後数十年のうちに起こるのではないかと思います。1923年の大震災、1929年の世界恐慌、そして12年後に起きた第二次世界大戦のときと状況が似ているからです。同じように、2011に東日本大震災が起こり、今回のコロナウイルスに起因する世界恐慌が8年後に起こりました。今や世界は分断されています。それぞれの国は孤立し、国境を閉ざしています。これらの国が衝突するまであと何年残されているでしょうか。

将来に向けて準備をすべき時だと思います。資産を分割し、別々の国に置いておきましょう。できるなら、複数の生活場所を確保し複数の国で仕事を持つのがよいでしょう。人生の選択肢をできるだけ多く持つことが、今後の不安定で不確定要素の多い将来においては救われるのではないかと思います。

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笑福亭里光師匠のこと

落語家の笑福亭里光師匠は中学時代の同級生です。同じクラスのときはけっこう仲良くしていて、同じ部活に入って、同じ日にその部活を一緒に辞めに行った間柄でした。中学時代から落語をやるのが趣味で、学校のイベントなどで高座を設けてもらって一席やったりすることがあって、それがただの趣味の域を超えてけっこう上手かったんですね。

高校以後は別々の進路に進んで、それ以来ほとんど会うこともなかったわけですが、2012年のある日、旅行先のホテルのTVでなんとなく「笑点」を見ていると、たまたま真打披露口上をやってたんです。そのときふと彼のことを思い出し、

(――そういえば落語が趣味やったあいつ、今頃どうしてんのかな。まだ落語続けてんのかな…。ひょっとしたらある日突然こういう場にひょこっと出てきたりして)

とか考えていると、なんと

その日の披露口上の席に彼が出てきたんです!

腰抜かしました。

そのあとネットでいろいろ調べてみたところ、1998年に笑福亭鶴光一門に入門。上方落語ではあるものの、おもに東京を基点に活動する噺家さんで、2002年7月に二ツ目に昇進、そして2012年5月に真打に昇進とのこと。中学時代からあだ名は「師匠」といわれてましたが、真打に上がることで名実ともに「師匠」になったわけです。

ツイッターのアカウントを持っていたようなのでダイレクトメッセージを送ってみたところ、向こうも私のことを覚えていてくれたみたいで、すぐ返信をくれ、それから再び交流がはじまりました。しばらくして、一緒に飲みにいくことになり、25年以上ぶりに会った彼は、中学時代とほとんど変わってなかったです。

それ以来、里光師匠の落語会があるとちょくちょく顔を出したり、二人で飲みに行ったりするようになりました。落語のことはあんまりよくわからないので彼の技倆がどんなものか評価のしようがないのですが、まあそんなことを気にせず近況報告しあえる関係というのがいいもんです。実は昨日の晩も一緒に飲みに行ってました。ちょっと飲みすぎて二日酔いきついですが…。

「同窓会に出ると、周りの同期が一流企業や保険会社で年収1000万やら1500万もらう中で、生活していくのがやっとの自分が情けなくなる」とこぼしていた里光師匠でしたが、自分の好きなことで、自分の力で一本立ちすることのほうがよっぽど素晴らしいと思います。売れれば「有名人」ですしね。有名人と友達になっておけば、それをきっかけにセレブの世界をのぞけたり、いろんな人とつながれたり、もしかしたら人生が変わるようなことがあるかもしれないので、こういうつながりはぜひ大事にしておきたいと思っています。

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Shofukutei Riko

Shofukutei Riko (笑福亭里光) is a professional rakugo artist who speaks Kansai-dialect rakugo stories. Rakugo is, as written in Wikipedia, a form of Japanese verbal entertainment where the lone storyteller sits on stage and depicts a long and complicated comical (or sometimes sentimental) story using only a paper fan and a small cloth as props.

He was one of my classmates when we were junior high school students. Besides, he was one of my best friends. In junior high I talked him a lot, played with him a lot, belonged the same club as he did, and resigned from the club together with him on the same day. He sometimes played rakugo on stage in school events. His performance was rising above the level of amateur, so he was called shisho, a title which is used to a professional rakugo storytellers.

After we graduated from junior high, we went to different high school. We didn’t see each other for ages.

One day in 2012 I was staying in a hotel room watching an entertainment program on TV, where several rakugo artists who had just promoted to the shin’uchi rank were on stage and they were giving speeches in turn to show their thankful feelings for the promotion. The program reminded me of the wanted-to-be-a-rakugo-storyteller classmate. I wondered if he still kept up his hobby. Watching TV, I thought he might appear on such an entertainment program someday. To my surprise, he really did it in the very program that day.

According to the information online, after graduating from university he became one of the disciples of Shofukutei Tsuruko (笑福亭鶴光), one of well-known rakugo artists, to start his rakugo career in 1998. He promoted to the futatsume rank in July 2002 and became a shin’uchi in May 2012.

I tried to contact to him. Since he had a Twitter account, I sent a direct message to him. He replied to me soon. We talked a bit on Twitter for a while. Several months later we met face-to-face for the first time in more than 25 years. He had not changed at all since we saw in the junior high.

Now I sometimes go to his stage to listen to his story, and see him offstage. Last night I saw him in Shinjuku and went for a drink with him at an izakaya in the westgate area of Shinjuku. He was fine. We talked a lot. I drank too much and I have hangover this morning, though.

I think that being friends with public figures might help me have a chance to see the celebrity world, and maybe it would even change my life.

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近江友里恵さんのこと

NHKのアナウンサーの近江友里恵さんのファンです。といっても今年のお正月に実家に帰省していたときにたまたま「ブラタモリ」をTVで見て初めて知ったんですが。「ブラタモリ」自体、桑子真帆アナウンサーがアシスタントをしていた時代に一度見たきりで、それまでほとんど見たことなかったのですが、このときは、昼に「伊勢」「横浜」の回の再放送をやっていて、さらに夜には「鶴瓶の家族に乾杯」とのコラボレーションスペシャルで成田山に行っていた回の放送があって、そこに出ていたアシスタントの近江アナウンサーがなんかいい味を出していて、注目するようになりました。

グーグル先生やウィキペディアによると、近江友里恵さんは2012年にNHKに入局して、朝のニュース番組「おはよう日本」の「まちかど情報室」のコーナーなどに出ているアナウンサーとのこと。私は、朝は十数年来、テレビ東京の「モーニングサテライト」を見ていたので、「まちかど情報室」はたまにしか見ることがなかったのですが、そこで衣装をうしろ前に着て出演する(※)というちょっとドジっ娘ぶりも披露してしまうキャラのようです。「ブラタモリ」でも、ときどき温度計を読み間違えたり、ハブ取り棒でつかまえたハブを入れた箱を素手で閉めようとしてしまうというポンコツっぷりを見せてくれる天然キャラとして人気を博している模様。「私、優柔不断なんで、すぐ迷っちゃう」と公言し、「優柔不断が治りますように」と成田山にお祈りするゆとりキャラで、なんか「守ってあげたい」感を強く感じさせるオーラがただよっているように感じたわけです。なんか、職場の後輩とかにいたらいろいろ教えてあげたくなるような。キラキラしたいわゆる“女子アナ”らしからぬ、おっとりとした雰囲気で、着ているものもけっして派手ではなく流行を追い過ぎず、むしろ中学生のようなちょっとあか抜けない感じさえして、それでいて育ちのよさを感じさせる、すれていないしゃべり方。ひとことでいうと“可愛すぎる”ということでしょうか。

スポーツはあまり得意ではなく、動物もどちらかというと苦手で、けっしてアドリブをきかせて要領よく立ちまわるタイプではないものの、地頭はよく真面目に、堅実に何ごともきっちり取り組む感じ。それでいてちょっと天然というキャラは、なんだか私自身をみているようで、それで親近感をおぼえたのかもしれません。

近江さんはその後、4月からは隔週で「おはよう日本」のキャスターを担当することになり、朝5時から出るようになったので、近江さんの出る週は朝5時起きで「おはよう日本」を見て(出ない週はこれまでどおり「モーサテ」を見てますが)、土曜の夜7時半からは「ブラタモリ」を見るという生活になったんですが、このたびNHK文化センターの企画で、9月30日に名古屋で近江さんのトークライブがあるということを聞きおよび、さっそく申し込んで名古屋まで聴きに行ってきました。

※2016年6月20日の「まちかど情報室」で、衣装の「Backリボンギンガムブラウス」をうしろ前に着て出演してしまい、視聴者から指摘を受けて、NHKの広報とニュースとアナウンス室の偉い人たちが会議の結果、「本人が間違って着てしまいました。これからは正しい方向に着るようにします」という公式文書を出すにいたった事件。

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Yurie Omi

According to Wikipedia, “Yurie Omi (born July 27, 1988) is a Japanese female announcer, television reporter, television personality, and news anchor for NHK. Omi is one of the hosts of NHK morning news show NHK News Ohayō Nippon. She is also the co-host of NHK television series Bura Tamori aired from April 2016.”

I’ve been a big fan of Yurie Omi since the beginning of this year when I sat in front of the TV by chance at my parents’ house and watched her for the first time in Bura Tamori (I had rarely seen it before, though). This program is a travel show where NHK’s broadcaster strolls Japan’s particular town or area with Tamori, one of Japan’s renowned TV personalities, and a geophysicist, a local historian or a curator, to investigate the place’s topics such as terrain features, history, culture and civil engineering.

Why do I think she is so attractive? I think the reason is three-fold. Firstly, she sometimes shows goofy behavior in her TV programs, although she is actually very smart and good-looking. She wore her dress back to front in the news show. In Bura Tamori, she read the thermometer incorrectly. (She said the temperature of hot spring water was 940 degrees Celcius while it really pointed 94.0 degrees.) Such slight weaknesses mean imperfection, which is what Japanese people value in tradition. This mentality makes the Japanese regard her weaknesses as charming. Secondly, she acts or speaks less highhandedly than average so-called “joshi-ana” and TV personalities. They often show off, but she doesn’t. They often speak aggressively, but she never does it. Her attitude like this gives a favorable impression to many Japanese viewers. Thirdly, most of her personality looks so similar to mine that I find something congenial in her. I don’t think she is such a personality that is good at thinking on her feet and speaking off the cuff with a ready wit. Rather, she looks genuine, and she can only do diligently what she has to do with simple honesty. Such characteristics of her is just like mine.

For those reasons, I got fascinated by her. I watch every TV program she appears in. I get up at five in the morning on weekdays to watch NHK’s morning news show she hosts. In Saturday evening I watch Bura Tamori to see her traveling with Tamori.

In addition to watching her on TV, I had a chance to see her with the naked eye. One day I got the information that she was going to hold a lecture presentation at Nagoya on September 30 and was requesting for audience. I applied for it because it might be my once-in-a-lifetime chance to meet her up.

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The end of globalisation

When I started my career in the late 1990s, my employer encouraged us to have a global mind to cope with Japan’s recession so-called “the lost decade”. By 2000, the words “global” and “globalisation” were used as the keywords — and sometimes buzzwords — for surviving the upcoming new millennium, followed by the dot-com bubble. My coworkers and I were pressured to raise TOEIC scores, to learn SWOT analysis, MECE, and other terms of logical thinking, to abandon obsolete Japanese work style and get accustomed to global — in many cases American — way of thinking. 

In 2006, those ideas were changed. Seeing the Livedoor scandals and accompanying downfall of dot-com millionaires, Japanese people found out that the American way did not work. Instead, they began taking a second look at their own country and reviewing the good things of it. The company I worked for focused on the products for domestic customers rather than overseas ones, with “the Japan quality” as its corporate philosophy.

Starting 2010s, people’s inward-oriented views were changing into global again. Japanese enterprises were going out overseas, not only to the United States at that time but to the Third World such as India, China, Russia, Brazil and Southeast Asian and African countries. I had more and more opportunities to get involved in the services offered to such customers going to those countries in order to meet their needs and demands.

The first half of 2010s was the years of transportation. Low cost carriers helped people fly abroad at low air fares. Everywhere you can see people travelling to and from all over the world on a regular basis.

Yet you see that people’s favour of the global-oriented mind or the local-oriented one swings from side to side every five or six years. That being the case, such a globalised world will come to an end shortly. The event that happened this week in the United Kingdom showed that the most symbolically. The referendum determined the UK to leave the European Union it had joined in 1973. Other European countries like France, Italy and Spain begin the preparation of such referendum whether they should leave or remain the EU by some people tired of enormous numbers of immigrants from the Middle East and accompanying terrorist attacks occurring inside Europe. 

Likewise, in the United States, Donald Trump, saying that a wall should be built on the border to shut out Mexicans and Muslims, has the enthusiastic support by the conservative and relatively poor American population. Even Hillary Clinton, one of the rival candidates of Trump, says that she is against the US to join the Trans-Pacific Partnership. In Japan, some nationalistic extremists carrying patriotic flags with them are making a hate speech on the street, saying that the people from neighbouring countries should get out of Japan and go back to their own country.

I think that now is the turning point of the era and there will be no more “globalised World” from now on. People of each country will pay attention only inside their own country. A dispute or, in some cases, an armed clash may begin between some countries. Such an era will last five or six years, at least Trump or Clinton’s presidential term. What we can do right now might be to look on such the World and to have as many options as possible to be able to cope with the future fluctuation of circumstances.

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夏の祭り

8月4日の王子神社の例大祭。ちょっと遅くなりました……