真夏の夜の恒例らいぶ

このようなタイトルのメールが僕のもとに届いた。送り主は小山祥子さん。先日のエントリで紹介した、歴史小説家・瑞納みほ先生のアシスタント、通称「ねえや」である。

瑞納みほ先生とねえやのお二人とは、実に不思議なご縁で知り合ったのである。僕がいつものように会社の同僚と呑んでいた帰り、銀座駅から丸ノ内線に乗ろうと階段を下りていたところ、階段の手すりのところに、飲み過ぎて自分で歩けなくなり3人がかりで階段を抱え下ろされていた女性がいるのを見かけた。銀座という土地柄、ホステスさんか誰かが飲み過ぎたのだろう、3人もついているからよもや僕の出る幕はないなと思ってスルーしようと思ったのだが、どうにも気になったので、その人たちがホームに下りてくるのを見計らって、「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。

思いがけないところから男手が現れこれ幸いにとばかり、介抱していたうちの2人は「じゃ、あとお願いします」と言うなりその場から離れ、改札を出て行ってしまった。あとに残った着物姿の女性と僕の2人で、彼女の面倒を見ることになった。

お二人は町田まで行くとのこと。僕は丸ノ内線で池袋まで行くのだが、終電までは少し間があったので、とりあえず大手町まで乗せて行き、そこで降りて半蔵門線のホームに下ろし、中央林間方面行きの電車に乗せるところまで一緒にいることにした。

大手町で、着物の女性と2人で酔い潰れた女性の両脇をかかえながら長いエスカレーターを降りて半蔵門線のホームへ。酔い潰れた女性は僕のほうを見るなり、「まあ、なんでこんなにハンサムで素敵な男性が一緒にいらっしゃるの?」などと嬌声をあげる。既に人の美醜の区別などつかなくなってしまっている模様。

「何をおっしゃってるんですか。さあ行きましょう」と言いつつ二の腕を支えて引っ張っていったのだが、内心まんざらでもなく(バカ)、こちらも酔っていたことも手伝ってすっかり舞い上がってしまい、半蔵門線のホームでその女性を柱の脇に寝かせたあと、着物の女性のほうに名刺などお渡ししてしまった。

この着物の女性が「姫」こと瑞納みほ先生、潰れていたほうが「ねえや」。降ってわいたような突然の出会い方だった。

さて、ねえやから頂いたメールは、7月31日に神楽坂のライブハウスで開かれるライブのお誘いだった。「わが姫、うるわしの瑞納みほ女史をえすこおとしてくだされば」とのこと。「えすこおと」はともかく、めったに出会うことなどない文芸方面の方とお近づきになれるとあっては、断る理由がない。二つ返事でOKした。

当日、待ち合わせ場所に行くと、金茶の大島紬に身を包んだ「姫」が待っていた。2人で会場へ向かう。

入口に入ると、受付の女性が「どのようなご関係の方でしょうか?」と訝しげに聞いてくる。どう答えようか逡巡していると、横から姫が「『ネコネコ天使』の関係です」とフォローしてくれた。「ネコネコ天使」とは、姫やねえやが活動している、猫の里親希望者に猫を斡旋するボランティア団体である。実は今回のライブは、その「ネコ天」の会長のKunie女史がピアノを弾くことになっているのだ。

会場には、既にねえやが来ていた。その横に男性が座っていらっしゃったので、名刺を交換する。とある会社の代表取締役の肩書だった。「ワンコ」だ「ニャンコ」だという話をしていたので、てっきりネコネコ天使のスタッフの方かと思っていたが、後から聞き及んだところによると、この男性がいわゆる「王子様(→ねえやの彼氏)」とのこと。姫が言うには、ねえやに一目惚れして、付き合うようになったのだとか。泰然自若、実業家としての年輪を感じさせる。僕のようにちょっと女性にお世辞を言われたくらいでヘラヘラ喜んでいる若造とは、役者が違いすぎる。この人なら誰に何を言われようが彼女のことを支えてあげられるだろうと思える人、という印象である。

テーブルの奥の席、向かって右から王子様、ねえや、姫、僕の順に座る。僕の向かいの席には、「ジョニィ」こと月夜見あやめ嬢。某大手ホテルの料亭に勤めているということで、いそいそと飲み物を作ったり、料理を取り分けたりしてくれている。

しばらくして、「妹」こと、おくむらきょうこ嬢が来る。某ビルの警備のお仕事と聞き及んでいるのだが、小柄で普通に可愛い女の子。

皆で鹿児島の麦焼酎「神の河」をいただく。フルーティでなかなか旨い。

ねえやはテーブルのメンバーや近くにいる人たちと屈託のない会話に興じていた。いろいろと渦中の人のようだが、積極的にリーダーシップを執って動く人は、敵も多いのかもしれない。「ねえやは思い立ったらとにかく突っ走る人ですから」と姫。確かにイベントを企画したり、運営したり、先頭を切って積極的にやるぐらいの人だから、個性が強い人なのだろう。合う人と合わない人が分かれるかもしれない。しかし彼女のようなタイプの人は、ウチの会社にいくらでもいる(そして、そういう人がどんどん偉くなっていくのだ)。少なくとも、彼女の積極性、行動力、バイタリティ、自己アピール力に関しては、僕も是非爪の垢を煎じて飲みたいくらいである。

僕は隣に座っていた姫といろいろとお話をした。もともと「物書き」というものに憧れがあった僕なので、作家の仕事のこと、本のことなどで話を弾ませた。師匠の若桜木虔氏の弟子としてこれまで活動してきたが、今後は独立してプロの作家としてやっていきたいとのこと。師匠との複雑な事情や、今後書きたいテーマの話など、クリティカルな話なのでここでは書けないが、いろいろと裏話を含めて聞かせてくれた。

「2chとかでいろいろと言われているのは知っています。だけど、この世界、『言われてナンボ』ですからね……」

プロとして著作を世に出す以上、みんながみんなマンセーしてくれるわけではない。ときには厳しい批判にさらされることもあるだろうし、同業者から理不尽に叩かれることもあるだろう。作家というのも辛い商売のようである。

さてライブでは、Kunieさんのバックグラウンドでのピアノ演奏に乗って、シンガーさんが入れ替わり立ち代り現れて歌っている。若い女性から学生時代反戦ソングで鳴らしたような人まで、さまざまな人がそれぞれの想いを歌にして披露していた。

歌がひと段落すると、Kunieさんとねえやがマイクを持って出てきて、「ネコ天」の活動についてスピーチを始めた。同時に妹が会場のお客にビラを配っていった。先日夜逃げの家に放置されていたニャンコたちの里親を募るビラである。そして、スピーチが終わると、お店の人が籐製の小さなバスケットを会場の端のテーブルに渡し、「ネコ天の活動を支援するための募金にご協力お願いします。もちろん強制じゃありません。皆様のお気持ちで結構です」と言って、バスケットに善意のお金を入れて隣に回すように頼んだ。どちらかというと動物が苦手なほうな僕としては、このように日々ネコのレスキューや里親探しに活動する人たちは、ただただ偉いと思うほかない。僕にできることはお金の面のささやかな協力ぐらいしかないので、自分の財布から小銭を全部空けて、それを寄付した。

スピーチが終わると、ねえやは「これから仕事がある」(里親候補が決まったのでその交渉か?)ということで、王子様と妹を連れて店を出て行った。姫とあやめ嬢と僕の3人は残ってしばらく「神の河」を注しつ注されつしていたが、そのうちにあやめ嬢が「カラオケに行きたい」と言い出したので、僕ら3人は途中で席を起ち、お店の人に丁重にご挨拶して店を失礼した。

近所のカラオケボックスに入り、1時間ほど籠る。あやめ嬢はサイトに「鬱で悪いか!」という毒舌日記を展開して物議を醸しているみたいだが、実際に会ってみると毒どころか、ごく普通のおとなしめの女の子という印象。たぶん、オモテでは「良い子」をずっと通してきてるんじゃないかなあ。ネットで毒を吐く人は、そういうタイプが多かったりするのだ。そうやって、自分の中にかなりストレスを溜め込んでいるのか、カラオケではそれを吐き出すかのようにひたすら熱唱していたのが印象的だった。

カラオケを終えると、もう12時前。あやめ嬢はかなり飲んでいて、自力で歩けなくなってしまっていた。姫と僕とで両脇を支える。「前回に続いて、今日もこんなのでごめんなさいね」と姫が謝ってきたが、「いえいえ、別に気にしないでください」と言って一緒に飯田橋まで送って行った。

彼女たち2人は東西線、僕は有楽町線ということで、飯田橋の改札で別れ、家路についた。

ふと気が付くと、この日の払いを済ませていないことに気が付いた。

次回、精算することにしよう。

会ってもらえればの話だが……(汗)。


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