1990年に流行語大賞となった「おやじギャル」の生みの親として有名な漫画家・中尊寺ゆつこさんがS状結腸がんのため1月31日午前、死去。42歳。
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中尊寺ゆつこさん死去
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杉田かおる電撃結婚
「池中玄太80キロ」「3年B組金八先生」などで一世を風靡し、そのあとは数奇な男性遍歴を重ねる人生で話題となっていた杉田かおる(40)がこのたび結婚したというニュース。
杉田かおるさんが電撃結婚
女優の杉田かおるさん(40)が十三日、会社経営者の鮎川純太さん(44)と十一日に結婚していたことを明らかにした。所属事務所を通じて「電撃的、運命的な結婚という結果になりました。ドラマチックな人生を歩いてきた私らしいと受け止めていただけたら」とコメント。結婚後も仕事を続けるという。(産経新聞)40歳まで独身で「負け犬人生の代表」などと言われていても、ぽんと玉の輿に乗れることがある。また、男性の立場としても、44歳まで独り身だったとしてもどこに転機があるかわからない。だから、人生絶対投げたり、あきらめたりしちゃいけないということだね。
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スチュワーデス万歳!
ぶっちゃけた話、僕は飛行機のCA(客室乗務員)が大好きだ。かつて募集要項で「容姿端麗であること」というのが採用条件とされ、美女の華やかな職場として定着しているという理由だけではない。容姿だけで見るのなら女子アナやレースクイーンなどのほうがはるかに上だろうが、僕はそうした人たちにはあまり萌えない。なぜCAなのだろうか。
そのあたりのことを、僕のホームページのほうのエッセイのところに「機上の女神」というタイトルでまとめてみた。オレが初めてキャビンクルーに注目したのは、1995年6月21日に起こった函館空港の全日空857便ハイジャック事件のとき。クルーの1人が犯人の男に羽交い絞めにされて凶器を突きつけられて、乗客と一緒に十何時間も人質にされて極限状態に置かれたんだけど、犯人が逮捕されたあとの記者会見に出てたんだ。クルーっていったってそのへんにいる普通の若い女の子のはずだし、事件に遭ったショックはシャレにならないだろうしそのまま出社拒否にでもなってもおかしくないと思うんだけど、記者会見で冷静にそのときの情況を詳細に語っていたんだ。これはホントのプロじゃなきゃできないことだと思う。そのときからだね、キャビンクルーって凄ぇな~って思い始めたのは。
キャビンクルーは、ただのウエイトレスじゃない。機内の安全を確保しなきゃいけない保安要員でもある。クルーになるためには、何ヶ月もにわたる厳しい訓練を受け、それにパスしなきゃいけないし、なったらなったで、定期的に監査フライトがあって、それに落ちると飛行機を降りなきゃいけなくなる。
飛行機が落ちれば当然自分も命を落とすわけだし、そういう極限状態に陥ったときに、乗客をパニックにさせないように最後まで職務を果たさなきゃいけない。すごく重労働だし危険な職務なのに、乗客の安全を守るために身を挺して命を賭けて働く姿、プロとして自分の仕事に誇りと使命感を持って働く姿、そういうカッコイイ姿に、男たちは魅せられるんだと思う。
クルーの笑顔に参ってしまうのは、ただ笑顔を振りまいているだけじゃなくて、保安要員としての厳しい訓練と誇りに裏打ちされた凛とした姿がそこに見えるからじゃないのかな。年末年始の帰省のときも、飛行機のお世話になった。折しも羽田上空の強風にあおられてきりもみ状態になった機内でも、顔色を変えず笑顔を崩さなかった彼女たち、お疲れさま。これからも僕たちに夢と希望を与え続けて欲しいと願った。
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Happy Birthday!
先日のエントリーでも書いたが、劇団A Musical Noteの第5回公演として、オリジナルダンスミュージカル「Happy Birthday! ~鍵の行方~」というタイトルで、王子神谷にほど近い「シアターバビロンの流れのほとりにて」にて行われている。劇団AMNの公演としては昨年9月のオリジナルミュージカル「飛天」以来1年3ヶ月ぶりである。千秋楽である今日のソワレの部を見に行ってきた。
双子の姉妹を身ごもった真里子(水品美和子)とその夫・正信(津山智)は幸せいっぱい。ついに出産の日を迎え、二人して分娩室に入っていくが、途中で耐えられなくなった正信は分娩室を逃げ出してしまう。その間に事故が起こり、妻の真里子と、双子のうちの1人を失ってしまう。
生まれることが出来なかった双子の妹・未花(三枝幹音)は、どうしても人間の生きている世界を見たくて、死後の世界のガイド(小田切久)に頼んで、父・正信と女子高生になった双子の姉・未幸(伊東佑美子)のいる場所へ案内してもらう。
しかし、妻と子供を自分のために亡くしてしまったと自分を責める正信は、生まれてきた娘・未幸を1人で育てる自信を失い、彼女を施設に預けて逃げ、ひたすら会社人間として過ごすのだが、ある日会社からリストラされてしまう。一方、父親に捨てられ施設で育った未幸は16歳になるが、生きることに幸せを見出すことができず、寂しさのあまり遊び仲間とともに覚せい剤に手を出してしまう。
妹・未花は、人間世界に案内してもらうのだが、そこで見たものはホームレスの父親と薬物中毒の姉だった。夢にまで見た「生きている」世界で起こっている惨状にショックを受けた未花は、姉の未幸をなんとか立ち直らせようとするが、既に生きることに幸せを感じなくなってしまっていた姉は、妹の言うことを聞き入れようとしない。
人間の身体は、ひとたび覚せい剤にむしばまれてしまうと、癒えることはない。姉の心と身体は既にボロボロになっており、生きる意味を見出すこともないまま、ついには命まで失ってしまう。
生まれてきたことを恨み、ひたすら死にたいと願っていた姉・未幸と、生まれてきて生きたかったと願う妹・未花。その未花のとった方法は、死んだ姉の代わりに自分の魂を姉の肉体に乗り移らせ、姉の負ってきた苦しみを自分で引き継いで生きることだった――。
「Never Say Never(絶対できないなんて絶対言わない!)」というのが、この劇団の一貫したテーマである。どんなに辛くても、苦しくても、逃げることなく、絶対あきらめず事に向かい合えば、乗り越えることができる――ということを、公演のたびに絶えず訴えかけている。ともすれば説教じみたクサイ内容になりがちなのだが、そこは随所にバラード調で流れる独特のAMNミュージックがうまくカバーしており、見る者を食傷させない。
2001年に旗揚げしてまだ4年に満たない発展途上の劇団であるAMN自身も、このテーマを旗印としながら、公演を重ねるたびに新しい試みに挑戦している。今回の作品は、初めてのダンスミュージカルに仕上げたほか、お笑いを売りにする劇団であるかわずおとしとのコラボレーションによるコメディーミュージカルでもある。ダンスのほうは主宰でもある三枝女史がダンス講師をしている関係上、非常に完成度が高く見ごたえ十分だったのだが、コメディーのほうは以前観た劇団Nom’bなどと比べるとまだまだである。ガイド役の小田切氏が一生懸命笑いを取ろうと必死だったのだが、お笑いには厳しい関西人の僕としては、笑うことができなかった。唯一笑えたのは、未花が人間世界に顔を出す前に衣装を選ぶシーンでわざとボケて変な衣装を着けて出てくる場面の中で、前作「飛天」の主人公の皇女の衣装を着けしかも前作に登場した山の民まで伴って現れてきたところ。これはツボにはまった。
未花が姉の身体に乗り移ったのは奇しくも二人の誕生日である12月20日のこと。物語はその1年後の12月20日のところで終わる。1年間、姉の苦しみを引き受け覚せい剤の禁断症状に苦しみながらなんとか立ち直ろうと苦闘する妹・未花は、まだ完全に身体が治ってはいない。しかし、そばには父・正信がいた。父のこれまでの人生は逃げてばかりだったのだが、逃げることをやめ、妻・真里子の苦しみを背負って娘の更生のために共に向き合うことを決心したのだった。そして、未花(未幸)と一緒にクスリにおぼれ、そして一足先に立ち直った仲間たちが、バースデーケーキを持って彼女の見舞いにやってきた。未花は、必ず身体を治すために闘っている。そばには家族がいる。仲間がいる。そしていつの日か、家族4人で幸せに暮らすことができる日まで――。
Never Say Never! -
合掌 香田証生さん
数日前にイラクでザルカウィ一味と思われるグループに捕らわれ人質となって殺害された香田証生さんの最期の瞬間の映像が、犯人グループによってネット上にアップされた。
http://www.almjlah.net/vb/showthread.php?t=2179
http://www.ogrish.com/
http://www.ogrish.com/a/shosei_koda_beheading_video_on_american_flag.html
かなり残酷な映像なので、全ての人に見ることはあえてすすめないが、日頃平和ボケしていてイラク情勢もゲーム感覚で見てしまいがちな我々にとって、戦争とは、テロとは、等々、色々と考えさせられた。散々言われて頭では分かっているはずの「イラクは危険」という言葉の意味が、この映像を見ることによってあらためて肌身にしみた。
およそ人間の所業とは思えないテロリストたちの行為には憤りを禁じ得ないが、それが実際に行われたという事実、そして、今も世界のどこかで現実に似たようなことが繰り返されているということには、目を背けてはならないと思った。
今回殺された香田さんは、いわゆる「自分探し」のためワーキングホリデー制度を利用してニュージーランドに渡り、そこから中東経由でイラクに入ったのだという。「今イラクで現実に何が行われているのか見てみたい」と周囲に語っていたのだそうだ。
周囲が止めるのもきかず危機感なしにイラク入りした軽率さを責めるのは簡単だ。しかし、香田さんは、テロの犠牲者であると同時に、ちまたで流行りの「自分探し」の犠牲者ではないか、という見方もある。若い人が将来の希望を持てない、自分を見つけられない、生きる意義を感じられない、そういうものを与えることができなかった日本の社会、日本の教育の問題点、などを考えると、第二第三の香田さんが出てきても不思議ではない、と感じた。
あらためて、香田さんの冥福をお祈りしたい。 -
全日空 スッチー&グラホのユニホーム変更
毎日新聞8月25日付記事。
全日本空輸(ANA)は24日、05年春から採用する客室乗務員と地上職員の新ユニホームのデザインを発表した。三つの候補作の中から、国内線の搭乗客と客室乗務員が投票した結果を反映させて決めた。田山淳朗氏のデザインで、搭乗客と客室乗務員とも4割を超える支持があった。ANAのユニホームが変わるのは14年半ぶりで、エアーニッポンなどグループ会社を含めて、客室乗務員約5200人、地上職員5000人が着用する。
ちなみに新ユニホームはこんなの。
うーん、前のほうがカッコ良かったと思うんだけど……。でもこれでも悪くないか。 -
真夏の夜の恒例らいぶ
このようなタイトルのメールが僕のもとに届いた。送り主は小山祥子さん。先日のエントリで紹介した、歴史小説家・瑞納みほ先生のアシスタント、通称「ねえや」である。
瑞納みほ先生とねえやのお二人とは、実に不思議なご縁で知り合ったのである。僕がいつものように会社の同僚と呑んでいた帰り、銀座駅から丸ノ内線に乗ろうと階段を下りていたところ、階段の手すりのところに、飲み過ぎて自分で歩けなくなり3人がかりで階段を抱え下ろされていた女性がいるのを見かけた。銀座という土地柄、ホステスさんか誰かが飲み過ぎたのだろう、3人もついているからよもや僕の出る幕はないなと思ってスルーしようと思ったのだが、どうにも気になったので、その人たちがホームに下りてくるのを見計らって、「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。
思いがけないところから男手が現れこれ幸いにとばかり、介抱していたうちの2人は「じゃ、あとお願いします」と言うなりその場から離れ、改札を出て行ってしまった。あとに残った着物姿の女性と僕の2人で、彼女の面倒を見ることになった。
お二人は町田まで行くとのこと。僕は丸ノ内線で池袋まで行くのだが、終電までは少し間があったので、とりあえず大手町まで乗せて行き、そこで降りて半蔵門線のホームに下ろし、中央林間方面行きの電車に乗せるところまで一緒にいることにした。
大手町で、着物の女性と2人で酔い潰れた女性の両脇をかかえながら長いエスカレーターを降りて半蔵門線のホームへ。酔い潰れた女性は僕のほうを見るなり、「まあ、なんでこんなにハンサムで素敵な男性が一緒にいらっしゃるの?」などと嬌声をあげる。既に人の美醜の区別などつかなくなってしまっている模様。
「何をおっしゃってるんですか。さあ行きましょう」と言いつつ二の腕を支えて引っ張っていったのだが、内心まんざらでもなく(バカ)、こちらも酔っていたことも手伝ってすっかり舞い上がってしまい、半蔵門線のホームでその女性を柱の脇に寝かせたあと、着物の女性のほうに名刺などお渡ししてしまった。
この着物の女性が「姫」こと瑞納みほ先生、潰れていたほうが「ねえや」。降ってわいたような突然の出会い方だった。
さて、ねえやから頂いたメールは、7月31日に神楽坂のライブハウスで開かれるライブのお誘いだった。「わが姫、うるわしの瑞納みほ女史をえすこおとしてくだされば」とのこと。「えすこおと」はともかく、めったに出会うことなどない文芸方面の方とお近づきになれるとあっては、断る理由がない。二つ返事でOKした。
当日、待ち合わせ場所に行くと、金茶の大島紬に身を包んだ「姫」が待っていた。2人で会場へ向かう。
入口に入ると、受付の女性が「どのようなご関係の方でしょうか?」と訝しげに聞いてくる。どう答えようか逡巡していると、横から姫が「『ネコネコ天使』の関係です」とフォローしてくれた。「ネコネコ天使」とは、姫やねえやが活動している、猫の里親希望者に猫を斡旋するボランティア団体である。実は今回のライブは、その「ネコ天」の会長のKunie女史がピアノを弾くことになっているのだ。
会場には、既にねえやが来ていた。その横に男性が座っていらっしゃったので、名刺を交換する。とある会社の代表取締役の肩書だった。「ワンコ」だ「ニャンコ」だという話をしていたので、てっきりネコネコ天使のスタッフの方かと思っていたが、後から聞き及んだところによると、この男性がいわゆる「王子様(→ねえやの彼氏)」とのこと。姫が言うには、ねえやに一目惚れして、付き合うようになったのだとか。泰然自若、実業家としての年輪を感じさせる。僕のようにちょっと女性にお世辞を言われたくらいでヘラヘラ喜んでいる若造とは、役者が違いすぎる。この人なら誰に何を言われようが彼女のことを支えてあげられるだろうと思える人、という印象である。
テーブルの奥の席、向かって右から王子様、ねえや、姫、僕の順に座る。僕の向かいの席には、「ジョニィ」こと月夜見あやめ嬢。某大手ホテルの料亭に勤めているということで、いそいそと飲み物を作ったり、料理を取り分けたりしてくれている。
しばらくして、「妹」こと、おくむらきょうこ嬢が来る。某ビルの警備のお仕事と聞き及んでいるのだが、小柄で普通に可愛い女の子。
皆で鹿児島の麦焼酎「神の河」をいただく。フルーティでなかなか旨い。
ねえやはテーブルのメンバーや近くにいる人たちと屈託のない会話に興じていた。いろいろと渦中の人のようだが、積極的にリーダーシップを執って動く人は、敵も多いのかもしれない。「ねえやは思い立ったらとにかく突っ走る人ですから」と姫。確かにイベントを企画したり、運営したり、先頭を切って積極的にやるぐらいの人だから、個性が強い人なのだろう。合う人と合わない人が分かれるかもしれない。しかし彼女のようなタイプの人は、ウチの会社にいくらでもいる(そして、そういう人がどんどん偉くなっていくのだ)。少なくとも、彼女の積極性、行動力、バイタリティ、自己アピール力に関しては、僕も是非爪の垢を煎じて飲みたいくらいである。
僕は隣に座っていた姫といろいろとお話をした。もともと「物書き」というものに憧れがあった僕なので、作家の仕事のこと、本のことなどで話を弾ませた。師匠の若桜木虔氏の弟子としてこれまで活動してきたが、今後は独立してプロの作家としてやっていきたいとのこと。師匠との複雑な事情や、今後書きたいテーマの話など、クリティカルな話なのでここでは書けないが、いろいろと裏話を含めて聞かせてくれた。
「2chとかでいろいろと言われているのは知っています。だけど、この世界、『言われてナンボ』ですからね……」
プロとして著作を世に出す以上、みんながみんなマンセーしてくれるわけではない。ときには厳しい批判にさらされることもあるだろうし、同業者から理不尽に叩かれることもあるだろう。作家というのも辛い商売のようである。
さてライブでは、Kunieさんのバックグラウンドでのピアノ演奏に乗って、シンガーさんが入れ替わり立ち代り現れて歌っている。若い女性から学生時代反戦ソングで鳴らしたような人まで、さまざまな人がそれぞれの想いを歌にして披露していた。
歌がひと段落すると、Kunieさんとねえやがマイクを持って出てきて、「ネコ天」の活動についてスピーチを始めた。同時に妹が会場のお客にビラを配っていった。先日夜逃げの家に放置されていたニャンコたちの里親を募るビラである。そして、スピーチが終わると、お店の人が籐製の小さなバスケットを会場の端のテーブルに渡し、「ネコ天の活動を支援するための募金にご協力お願いします。もちろん強制じゃありません。皆様のお気持ちで結構です」と言って、バスケットに善意のお金を入れて隣に回すように頼んだ。どちらかというと動物が苦手なほうな僕としては、このように日々ネコのレスキューや里親探しに活動する人たちは、ただただ偉いと思うほかない。僕にできることはお金の面のささやかな協力ぐらいしかないので、自分の財布から小銭を全部空けて、それを寄付した。
スピーチが終わると、ねえやは「これから仕事がある」(里親候補が決まったのでその交渉か?)ということで、王子様と妹を連れて店を出て行った。姫とあやめ嬢と僕の3人は残ってしばらく「神の河」を注しつ注されつしていたが、そのうちにあやめ嬢が「カラオケに行きたい」と言い出したので、僕ら3人は途中で席を起ち、お店の人に丁重にご挨拶して店を失礼した。
近所のカラオケボックスに入り、1時間ほど籠る。あやめ嬢はサイトに「鬱で悪いか!」という毒舌日記を展開して物議を醸しているみたいだが、実際に会ってみると毒どころか、ごく普通のおとなしめの女の子という印象。たぶん、オモテでは「良い子」をずっと通してきてるんじゃないかなあ。ネットで毒を吐く人は、そういうタイプが多かったりするのだ。そうやって、自分の中にかなりストレスを溜め込んでいるのか、カラオケではそれを吐き出すかのようにひたすら熱唱していたのが印象的だった。
カラオケを終えると、もう12時前。あやめ嬢はかなり飲んでいて、自力で歩けなくなってしまっていた。姫と僕とで両脇を支える。「前回に続いて、今日もこんなのでごめんなさいね」と姫が謝ってきたが、「いえいえ、別に気にしないでください」と言って一緒に飯田橋まで送って行った。
彼女たち2人は東西線、僕は有楽町線ということで、飯田橋の改札で別れ、家路についた。
ふと気が付くと、この日の払いを済ませていないことに気が付いた。
次回、精算することにしよう。
会ってもらえればの話だが……(汗)。
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中島らも氏死去
作家、ミュージシャン、劇団主宰者などマルチな方面で活躍した中島らも(本名・中島裕之=なかじま・ゆうし)さんが7月26日午前8時16分、脳挫傷による外傷性脳内血腫のため神戸市内の病院で死去。享年52歳。
10日前に神戸の居酒屋で酔って階段から落ち、病院に運ばれたものの、頭を強く打っており、ついに意識を戻すことはなかったという。
灘中、灘高という関西の一流進学校に進んだが、灘高時代に白土三平のマンガに熱中し、成績不良で放校処分になったあと、大阪芸大に進んで印刷会社・広告代理店を経たあと、朝日新聞の身上相談回答者として物書きの道に入ったとのこと。「今夜、すべてのバーで」で1992年吉川英治文学新人賞、94年に「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞を受賞した。
作家のご多分に漏れず、生活ぶりは破天荒なところがあったようで、2003年に大麻取締法違反で懲役10月、執行猶予3年の判決を受けたほか、うつ病、アルコール依存症、対人恐怖症に悩まされていたという。
「52歳は『失っていく』年。けれど逆に一種のすがすがしさがある」(「異人伝」帯) 執筆、音楽活動に本腰を入れ始めた最中の突然の奇禍。ご冥福をお祈りしたい。