Category: Aviation 航空
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スチュワーデス万歳!
ぶっちゃけた話、僕は飛行機のCA(客室乗務員)が大好きだ。かつて募集要項で「容姿端麗であること」というのが採用条件とされ、美女の華やかな職場として定着しているという理由だけではない。容姿だけで見るのなら女子アナやレースクイーンなどのほうがはるかに上だろうが、僕はそうした人たちにはあまり萌えない。なぜCAなのだろうか。 そのあたりのことを、僕のホームページのほうのエッセイのところに「機上の女神」というタイトルでまとめてみた。 オレが初めてキャビンクルーに注目したのは、1995年6月21日に起こった函館空港の全日空857便ハイジャック事件のとき。クルーの1人が犯人の男に羽交い絞めにされて凶器を突きつけられて、乗客と一緒に十何時間も人質にされて極限状態に置かれたんだけど、犯人が逮捕されたあとの記者会見に出てたんだ。クルーっていったってそのへんにいる普通の若い女の子のはずだし、事件に遭ったショックはシャレにならないだろうしそのまま出社拒否にでもなってもおかしくないと思うんだけど、記者会見で冷静にそのときの情況を詳細に語っていたんだ。これはホントのプロじゃなきゃできないことだと思う。そのときからだね、キャビンクルーって凄ぇな~って思い始めたのは。 キャビンクルーは、ただのウエイトレスじゃない。機内の安全を確保しなきゃいけない保安要員でもある。クルーになるためには、何ヶ月もにわたる厳しい訓練を受け、それにパスしなきゃいけないし、なったらなったで、定期的に監査フライトがあって、それに落ちると飛行機を降りなきゃいけなくなる。 飛行機が落ちれば当然自分も命を落とすわけだし、そういう極限状態に陥ったときに、乗客をパニックにさせないように最後まで職務を果たさなきゃいけない。すごく重労働だし危険な職務なのに、乗客の安全を守るために身を挺して命を賭けて働く姿、プロとして自分の仕事に誇りと使命感を持って働く姿、そういうカッコイイ姿に、男たちは魅せられるんだと思う。 クルーの笑顔に参ってしまうのは、ただ笑顔を振りまいているだけじゃなくて、保安要員としての厳しい訓練と誇りに裏打ちされた凛とした姿がそこに見えるからじゃないのかな。 年末年始の帰省のときも、飛行機のお世話になった。折しも羽田上空の強風にあおられてきりもみ状態になった機内でも、顔色を変えず笑顔を崩さなかった彼女たち、お疲れさま。これからも僕たちに夢と希望を与え続けて欲しいと願った。 Technoratiタグ: 雑感 | 航空 | スッチー |
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香港高飛日記(其参)~大仏を見たかったが…~
香港大仏は世界一の大きさだという。ランタウ島に寶蓮寺(ポーリン寺)という禅寺があって、そこに天壇大佛という露天の大仏さまが座っているのだそうだ。梅窩から近そうだし、空港に戻るまでに立ち寄ってみようと思って、この朝は早めにホテルをチェックアウトした。 梅窩(ムイウォー)から昂平(ゴンピン)行きのバスに乗れば、途中に寶蓮寺のバス停があり、そこで降りると大仏まで行けるようなのだが、いかんせんバスの本数が少なく、1時間~1時間半に1本というありさま。この日は15時の飛行機に乗らなければならない。国際線なので、少なくとも3時間前までには空港に到着しておきたい。天壇大佛が開くのは10時からなので、30分ほど大仏を見たとして、10時半に寶蓮寺を出て梅窩に戻り、そのあと機場行きのバスに乗り換えて空港に着かなければならない。梅窩~機場間の所要時間は約40分。寶蓮寺~梅窩間はよくわからないが、かりに30分を見込んだとしても、バスの本数から考えて、寶蓮寺から空港まで1時間半で移動するというのはどう考えても無理がある。 ということで、今回は残念ながら大仏を見るのは断念し、そのまま梅窩から機場行きのバスに乗って空港へ向かった。 バス停を出るといきなりアップダウンの連続である。ランタウ等は急峻な山が多く、クルマが1台すれ違えるかどうかというような狭い道の急な上り坂を超低速で走る。道路もコンクリート舗装で、バスはガタガタ揺れる。道端には牛が放し飼いで歩いていたりしてなかなか牧歌的な風景である。 30分ほどこのようにして走っていると、東涌(トンチュン)の街に出た。ここはニュータウンであり、今までとは打って変わって整備された道路と高層住宅が現れる。 東涌を10分ほど走っていると、機場の敷地内に入る。この敷地内をぐるぐると走り回り、ようやくバスの降り場に着いた。 空港に着いたのは朝の9時半ごろ。バスターミナルからエレベーターでいっきに7階の出発ロビーに上がる。さっさとカウンターでチェックインしようと思ったのだが、チェックイン開始時間は12時50分からだという。すっかり暇になってしまい、空港の建物内をぶらぶらしたり、土産物屋をはしごしたりした。 売店で新聞や絵葉書などを買う。だいたい香港の新聞は、一面トップに事故処理現場の写真を載せるような超過激な作りになっている(さすがに死体の部分だけはモザイクがかかっていたが)ものなのだが、この日の新聞の一面。 広東語なので正確にはよくわからないが、深圳に行った香港人の旅行者の男性が、現地の女性に麻酔薬を仕掛けられて殺され、金を奪われたとか書いてある。取締りの緩い中国本土ではこの種の麻酔薬が簡単に手に入るそうで、ターゲットの飲み物などに混入されて昏睡状態にさせ、その隙に金を奪うという手口が、これまでわかっているだけでも5件発生したのだという。まことに深圳は何が起こるかわからない。行かなくて正解だった。 空港の外には、中華人民共和国の国旗がはためいていた。もう香港も中国の一部なのである。ただ、中国本土ではなく香港を旅行先に選んだのは正解だったかもしれない。文革の嵐ですっかり変質してしまった本土よりも、香港のほうが古き良き時代の中国情緒に触れることができたのではないだろうか。 土産を買っていると、すっかり昼どきになってしまったので、上の階にあった上海点心レストランで、最後の本場中国料理を味わう。もうすっかり胃が重苦しくなっていたので、粥と肉饅だけですませた。それでも青島ビールだけはしっかり頂いたのだが。 昼食を終えると、全日空のカウンターが開いたので、チェックインして搭乗券をもらい、そのまま出境手続きをすませて手荷物検査を受けた。ここの手荷物検査もアメリカ並みに厳しく、金属探知ゲートでひっかかった僕はすぐさま係員に脇へ寄せられ、両手を挙げさせられて身体のすみずみまで金属探知棒でチェックされた。 ようやく出境エリアに出たので、免税店に立ち寄ってお買い物を始めた。これまで港内では(HSBCでの預金を除いて)交通費含めても1000ドルも使わなかったのだが、ここで財布の紐が一気に緩む!免税品だけで1500ドルぐらい使ったんじゃないかな。買ったのも怪しい高粱酒や霊芝酒みたいなものばっかりだった……。 香港の空港はターミナルビルが1つしかなく、出境手続きの手前まではこじんまりしているのだが、出境エリアの内部は異様に広い。免税品店も数が多く、さんざん買い物をすませてから出発ゲートにたどり着く頃にはすっかり疲れ果ててしまった。そういう人たちを見越して出発ゲート近くに「足ツボマッサージ」の店が用意してあるというところも、香港らしい商魂か。 ゲートのベンチに腰掛けていると、空港職員のお姉さんが寄ってきて、アンケートを取らせてほしいと言ってきた。内容は、今回の訪港の目的、訪問した場所、利用した交通機関、港内で使った金額、訪問した観光地の全体的な印象(5段階評価)などなど、10分程度のものだったが、こうやって少しでも香港を良くしていくために観光客から聞き取り調査を熱心にするという姿勢は、好感の持てるものだった。 15時前にゲートがオープンして搭乗が始まった。15時25分に飛行機がブロックアウトしたのだが、離陸待ちの飛行機がタクシーウェイを数珠繋ぎに並んでいて、結局離陸したのはブロックアウトから20分後のこと。しかしそのあとの飛行はとても速く、あっという間に台湾を通過し、東シナ海を抜け、鹿児島~土佐清水~串本と通り過ぎて、3時間半ほどで成田近辺にたどり着いた。機内食を食べて一息ついたら、もうベルトサインが点灯し、あれよあれよという間に成田空港に着陸してしまった。 入国審査~税関検査はあっという間に通過し、着陸から15分もしないうちに到着ロビーから外に出られたのだが、それから次の成田エクスプレスまで1時間ほど待たされ、結局帰宅したのは成田に着いてから3時間後のことだった。 非常に充実した今回の旅であったが、やはり2泊3日というのは厳しい。もう1日欲しいところだった。しかし香港の様子もわかり、携帯も買い銀行口座もできて香港での足がかりも出来たということで、今回の訪港はそれなりに意義のあるものだったと思う。日本の延長のように気軽に行くことができることがわかったので、また訪れてみたいものである。もちろん次回は大仏を見るのだ。 Technoratiタグ: 旅行 | 香港 |
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香港高飛日記(其壱)~梅窩から中環・100万ドルの夜景~
11月22日から24日までの2泊3日の日程で、香港を旅してきた。以前、全日空を使ってワシントンに2度出張したときのマイルがたまっており、そのうちの20000マイルを使うと北アジア(中国、香港)、グアム、サイパンのどこかに行くことができる。そのマイルは年末で失効するため、今年中に消化する必要があるということで、今回の旅とあいなったのだった。本場の中華料理が食べたかったので、できれば中国の北京あたりがよかったのだが、北京はいつも座席がいっぱいで予約不可だったので、香港にすることにしたのだ。まあ香港も中国の一部だし、なにより英語が通じそうだったので。香港なら11月が最高にいいと聞いていたということもあったし。 誰か旅の道連れがいれば一番良かったのだが、マイレージは1人分しか航空券を出してくれないので、今回はお気楽一人旅ということになった。 周囲からは、 「香港は独りで行くのは止めた方がよい、香港や上海などは歴史的に強盗やスリの本場だ、シナ人は相手が独りとか弱いと見れば悪者になる特性があるぞ、しかも金のためなら他人の命をなんとも思わない、大陸は政府が強いし規制が利いているが香港はプロのワルが旅行者を狙っている所だ、日本語は勿論英語もまず通じない、ただ喧しいシナ語が飛び交っているだけだ、悪いことは言わないからキャンセルしたほうがいいぞ、云々……」 と散々おどかされ、果たして無事に生きて帰れるものかとかなりビビリ入っていたのだが、まあきょうび女の子だって香港ぐらいは一人旅するだろうし、野郎が独りで行ったってイラクじゃあるまいし命までは取られまいと思って、行ってみることにした。 ホテルは中国関係に強いJCBUSというところに予約を依頼した。最初は郊外の深圳にホテルを取っていたのだが、どうやら深圳は大阪なみの(爆)治安の悪さらしいということをあとになってから知り(なんせ駅前でいきなり囲まれて拉致されて金取られるんだから、たまったもんじゃない)、恐れをなして香港内にホテルを取り直した。出発間際だったのでなかなかホテルが決まらず、出発2日前になってランタウ島の梅窩(ムイウォー)というところにある銀鑛灣酒店(Silvermine Beach Hotel)というところにようやく決まった。 成田発が午前10時と早いので、前日に成田近辺で一泊し、当日は万全の体制で臨む。といっても風邪をひいてしまっており、咳が止まらない状態という、体調的にはあまりよろしくない状態での旅行となった。 0950NRT – 1335HKG 全日空909便。飛行時間は約4時間半。成田を北西に向かって飛び立ったあと、くるっと南西方向へ右旋回して羽田空港の真上を通過し、富士山~大阪~高知~鹿児島の上空を過ぎたあと、沖縄諸島の北方、東シナ海を飛んで台湾を縦断し、香港に至るという飛行ルートだ。途中、機内食が1回出た。 機体は香港市街の上空を通過して西に向かったあとしばらくしてぐるりと東へ方向転換し、東向きの空港滑走路にアプローチした。高度が下がるにつれ気圧の変化で耳が痛くなってきたが、喉風邪のせいでうまく耳抜きができず、ついには左耳が全く聞こえない状態になってしまった。これは地上に降りてからも続いた。 着陸し、飛行機から降りる。香港の匂いはこれまで行ったどこの国とも異なっていた。アメリカはシナモンの香り、シンガポールはスパイシーな香りだったが、香港は炒め油の匂いが漂っていた。 入境審査の窓口の前に並ぶ。並び方や並ぶ位置が時々刻々とコロコロ変わり、そのたびに職員のお姉さんがあわただしく動き回って場所を指示していく。その指示の仕方が外国らしく無愛想&事務的なので、後ろに並んでいた日本人の団体などは日本語で思いっきりぼやく始末。 入境審査自体は特に変なことを聞かれるでもなく、すぐに終了。ついに香港の国に入る。空港にあったATMで3000ドルばかり下ろす。スリが狙っていないか。急に緊張感が高まる。 財布を入れたポケットを手で覆いながら空港のロビーに戻る。ここから梅窩まではバスで行くこともできるのだが、せっかく香港に来たのだから一度エアポートエキスプレスとやらに乗ってみることにした。 片道切符を買うこともできたのだが、香港では八連達(オクトパスカード)というICカードが発達していて、これ1枚で全港のほとんどすべての交通機関を利用できるうえ、小銭を気にする必要がないというメリットが大きいので、このカードを買うことにした。といってもどこに売ってるかわからず、ロビーの中にあったインフォメーションデスクのようなところでカードを買える場所を適当に訊いてみると、なんとそこで売ってくれるとのこと。デポジット50HKD込みで総額150HKD(2250円)。 エアポートエキスプレスは空港内に乗り入れており、乗り場がすぐに見える場所にあった。しばらく待っていると電車がやってきた。 電車は4列クロスシート。シートは日本のものよりも少し固い感じはあるが、布張りで快適。内装もとても清潔だ。動き出してからも乗り心地がとても良い。 車窓からは、初めて見る香港の景色が流れる。気持ちよさそうに流れる高速道路、高層住宅街など、窓から見える街並みはどこも非常に整っていて、かつて言われた「魔都」のイメージなどどこにもない。 電車は、途中、「青衣」「九龍」に停車したあと、終点の香港駅に行く。車内アナウンスは広東語、英語、北京語の順で行われる。同じ漢字なのに広東語と北京語で読みが違うのが面白い。「香港」は広東語では「ホンコン」だが、北京語になると「シャンカン」という読み方になる。 機場駅を出てから約20分ほどで終点の香港駅に到着。日本のsuicaと同じ要領で改札機の読取部分にオクトパスカードをタップする。地上に出ると、中環(Central)のスターフェリー乗り場の近くに来た。このあたりの街並みも、とても清潔だ。 少し迷いながら、梅窩行きのフェリー乗り場にたどり着く。ここでもオクトパスカードが使用可能なので、カードをタップさせるのだが、改札が開かない。すかさず係員が飛んできて、有人改札に行けと言う。行ってみると、そこの係員がカードを調べて「No money!」と言う。ここでは金を払わなくてよいのかと思っていると、そうではなく、このカードに残高がないのでチャージしろという意味だった。さっきのエアポート・エクスプレスでなんと100ドルまるまるかかっていたのだった。 窓口でさらに100ドルチャージして、再度改札機を通すと、ちゃんと通ることができた。香港の改札機は、日本のように閉じた扉が開いて通れるようになる方式と違って、側面に大きな円盤があり、そこに3本の鉄の棒が横に伸びて、上にくる棒で人を通せんぼする形となっている。有効なカードを通すとその円盤が動くようになり、上の棒を持って奥に向かって円盤を回しながら一緒に人が通ることができるようになる。 改札をくぐると、船がまさに出港しようとするところだった。走って乗り込み、ぎりぎりセーフ。 中環から梅窩まで、ちょうど30分で着いた。ガイドブックには50分かかると書かれていたので、予想外の速さにびっくり。 梅窩のターミナルを降りて右手に海沿いを5分ほど歩くと銀鑛灣酒店に着く。目の前はビーチが広がる、のどかな場所である。ついこないだ高校を出たばかりっぽい若くて可愛らしい男の子がフロントの受付をしていた。もちろん普通に英語が通じる。宿泊料金をクレジットカードで払って鍵をもらい、部屋に入る。あまりきれいな部屋ではなく、これで1泊1000HKDはちょっと高い気もしないではないが、まあ九龍や湾仔などの繁華街のホテルよりもまったりしていていいかもしれない。 しばらく部屋で休んだあと、再び梅窩のターミナルに向かう。セブンイレブンがあった。今回の香港訪問の目的の一つとして、現地のプリペイド携帯電話(SmarTone社のUSIMカード)を購入するというのがある。さっそくセブンイレブンの店員にかけあってみると、あっさりとレジの下の引き出しをごそごそと探し、ビニール袋につつまれた新しいUSIMカードを出してくれた。180HKD(約2700円)。身分確認も何もない。テレホンカードを買うような感覚で、ここではこうして簡単に買うことができるのだ。 ターミナルから再びフェリーに乗って中環へ。フェリーの中でさっき買ったUSIMカードをGSM携帯電話機の中に入れ、電源を入れてみる。ちゃんと「SmarTone」と表示され、認識された。ためしに現地の天気予報(TEL:185-03)に電話をかけてみると、SmarToneからの開通のアナウンスとともに、広東語の天気予報が聞こえてきた。これでこのUSIMカードが携帯電話として使えるようになった。有効期間は180日で、期限までに追加料金をチャージすれば、さらに180日間この電話番号を維持することができる。 国際ローミング可能なので、日本のW-CDMA対応の携帯電話機(NOKIAなどで売っている)にこのUSIMカードを差し込めば、日本でも使えるはずである。今、日本ではおれおれ詐欺が問題になっていて、国内でのプリペイド携帯の販売を規制するとかなんとかいう動きがあるようだが、このように香港で買ったプリペイド携帯をローミングインできるので、そんな規制は全く意味がない。日本のお役人がいかに自国内だけしか見ていないかということがよくわかる。 6月に訪れたシンガポールの街並みはどことなく横浜を思わせるものがあった。シンガポールが横浜なら、同じ港町の香港は神戸に似ている。フェリーが中環に着く直前にフェリーの右手には、香港島の高い山を借景としてその裾野に街が広がるのが見える。まさに神戸の街並みそのものである。まあ神戸にはあんなに高いビルはひしめきあっていないけど。 中環の街も、なんとなく神戸の三宮に似ている。遮打大廈(Charter House)や環球大廈(World Wide House)あたりは渡り廊下で結ばれていて、三宮センタープラザを思わせる。 環球大廈にある両替店で、所持金を両替する。当初、深圳に行く予定で中国元を1000元用意していたのだが、要らなくなったので、100元札1枚だけを記念に残し、残りの900元を香港ドルに両替することにした。レートは0.92と言われ、900元は820HKDほどに替わった。 近くの「鏞記酒家」という広東料理レストランで夕食を摂る。本場の中華料理を前に張り切ってダックの丸焼きをオーダーしたのだが、日本の中華料理とは使っている油が違うのか、食べるとすぐに胃にもたれ、中華料理好きの僕でも全部食べ切れなかった。 食事のあと、やはりここまで来たなら香港100万ドルの夜景を拝まなければ、ということで、急な坂を上ってピークトラムの乗り場に行き、そこから山頂へ上ることにした。ピークトラムでもオクトパスカードが使用可能。摩耶ケーブルのようなケーブルカーが、急峻な坂を力技で上がっていく。 山頂の駅には展望台があり、そこから夜景が見えるようになっていた。日本人の団体もいっぱいいたのだが、夜景を見た印象としては、100万ドルと形容されるほど感動するものでもなく、「ふーん」という程度のものだった。あまりにも高いビルが中腹まで伸びてきていて、それらが下の風景を妨げている格好になっていた。やはり香港の摩天楼は下から見上げたほうが壮観である。 ※道端で立っていると、地元の学生風の可愛い女の子に話しかけられること2度。何言ってるかさっぱりわからなかったのでゴメンナサイしてしまったが、惜しいことをした。次までに広東語を勉強するぞ :-p Technoratiタグ: 旅行 | 香港 | 携帯 |
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全日空 スッチー&グラホのユニホーム変更
毎日新聞8月25日付記事。 全日本空輸(ANA)は24日、05年春から採用する客室乗務員と地上職員の新ユニホームのデザインを発表した。三つの候補作の中から、国内線の搭乗客と客室乗務員が投票した結果を反映させて決めた。田山淳朗氏のデザインで、搭乗客と客室乗務員とも4割を超える支持があった。ANAのユニホームが変わるのは14年半ぶりで、エアーニッポンなどグループ会社を含めて、客室乗務員約5200人、地上職員5000人が着用する。 ちなみに新ユニホームはこんなの。 うーん、前のほうがカッコ良かったと思うんだけど……。でもこれでも悪くないか。
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シンガポール訪問記4
この日はフライトの関係上、いつもより早く起きなければならなかった。 急いで朝食を取り、チェックアウトをしてバスに乗る。 チャンギ国際空港で出国手続きをし、出発まで免税店をめぐる。 ここの免税店は、化粧品やタバコ・酒はおろか、電気製品、はてはパソコンまで売っていたりして、世界一ともいえるほど品揃えが充実している。僕は昨日買った携帯の充電器の電源変換アダプターを買った。 0945SIN-1735NRT 機内食を2回いただき、特に何事もなく成田まで戻ることができた。 シンガポールではどこに行っても英語表記がデフォルトだったが、成田に戻ってみると、周辺は日本語だけの表記が幅を利かせている。ここは日本語の国なんだなーという思いを強くさせられる。それでも先進国の一つとして世界と対等に勝負できるということは、日本がそれだけ強い国ということなのかもしれないが、外国人を積極的に迎え入れる姿勢という点において彼我の差を感じさせられた。
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シンガポール訪問記1
会社の研修という名目で、シンガポールに3泊4日の旅出張に行ってきた。シンガポールで開かれる「COMMUNIC ASIA 2004」という展示会を視察するというのがその目的である。この展示会はIT関係ではアジア最大のものとして1979年から毎年ここシンガポールで開催されているもので、昨年はSARSの影響で中止となったため今年は実に2年ぶりの開催とのことである。 ここで、シンガポールという国について簡単に紹介しておかなければならない。シンガポールは、マレー半島の先端部分に位置する島国で、わずかに東京23区程度の広さのところに約300万人が住んでいる。良質な港をもち、位置的にも東アジアとインド洋とのトランジットポイントという特性から、戦略的に重要な拠点として昔から注目されており、第二次大戦中は日本に占領されていた時期もある。 戦後はマレーシア連邦の一部となったが、1965年に独立してシンガポール共和国となった。独立国としての歴史はわずか40年足らずのまだ若い都市国家で、天然資源が全く無く、農産物の輸入率100%であることに加え、水までマレーシアから輸入しているありさまの、そんなシンガポールが国として生きていくためには、周辺諸国との通商、交易によるしかない。 また人口構成も華人(中国系)、マレー系、インド系など4人種の混成だったのだが、独立当初は各人種内で人間関係が完結しており、人種間の意思疎通に支障を来たしていた。そこでシンガポール政府は公用語を英語と決め、政府主導で時には厳しい罰則も含む強権を発動しながら、いろいろと実験的、戦略的な試みを取り入れて、国をまとめてきた。 そのおかげで、シンガポールはアジアの玄関口として世界中の人々との港湾貿易を中心に栄え、今では多くのハイテク企業が軒を連ね、アジアの金融、商品流通センターとして東京さえも凌駕するといわれるほどになっている。 集合は成田空港の北ウイングに朝9時ということなので、当日家を出ようとするとどう遅く見積もっても朝の6時ぐらいには家を出なければならない。ということは朝5時起きぐらいを余儀なくされるわけで、そんな苦行には到底耐えられそうもない。それに、成田に向かっている途中で電車が止まっちゃったり車が事故起こしたりしたら洒落にならないので、前日のうちにクルマで成田入りすることにした。 前日に成田の航空科学博物館など見学して頭を航空モード!に切り替えてから、ホテルで英気を養う。そのホテルも、一泊5000円弱で、14日間まではクルマをタダで停めておける。宿泊なしでクルマだけ近所の駐車場に置いたとしてもそのぐらいの値段するわけだから、この前日泊というアイディアはなかなかうまい手なんじゃないだろうか(ただし家族連れだと高くつくのだが)。 当日、空港でGSMの携帯電話をレンタルする。僕はFOMAの携帯電話ユーザーで、ドコモのWORLD WINGに入っているから、FOMA端末のSIMカードをレンタルしてきたGSM端末に差し替えると、シンガポールでそのGSM端末を使って電話をかけることができる。 集合場所は空港の団体待合室。ちょっと日本風味の部屋の中に、研修参加者29人と、旅行会社の男性、研修事務局の女性がいる。ひとしきり説明を受けたあと、旅行会社の男性を残して他の僕たち一行は出国手続きに向かう。 飛行機はシンガポール航空。「シンガポール・ガール」という独特のデザインのスチュワーデスの制服で有名である。国内の航空会社は既に「スチュワーデス」という呼称をやめ、「CA」とか「フライトアテンダント」などと言い換えているが、ここはまだ「スチュワーデス」と呼んでいる。その代わり、「スチュワード」という男性客室乗務員もほぼ同数そろえていた。だいたいシンガポーリアンが中心なのだが、日本人のスチュワーデスも2~3人用意されていた。 1130NRT-1725SIN 飛行時間は7時間ぐらい。長すぎず短すぎず、「旅をした~っ!」という実感が沸く程度の時間である。機内食は日本の洋食テイスト。シンガポール風を期待した僕はちょっと拍子抜け。カクテルはシンガポール・スリングをオーダーした。 それにしても、ここのスチュワーデスはサービスするときにもニコリともしないね。日本人スチュワーデスといえども例外じゃない。おまけにカートは座席にガンガンぶつけてくるわ、呼び止めても「ちょっとお待ちください!」と言ったきりプイッとどっかに行っちゃってなかなか来ないわ、まあ全日空みたいなサービスはもとより期待してなかったとはいっても、これはちょっとひどいなあ……。シンガポール航空はスッチーの制服以外にいいとこなしだった。 そうこうしているうちに、マレーシアの上空に到達。上空から見るマレーシアの畑。日本の段々畑とも違った独特の模様を描いていた。それから15分ぐらいすると、シンガポールのチャンギ空港に到着した。現地の気温は32度。降りると、7月の大阪のような蒸し暑さだった。 外国に降り立つと、街の"匂い"が日本にいるときと違うのに気づく。外国人が日本に入ると、「味噌の匂いがする」と言うらしい。以前アメリカに行ったときは、シナモンの香りが漂ったものだ。シンガポールの匂いは、日本のものともアメリカのものとも違う、独特の、スパイシーな香りがした。 GSMの携帯電話の電源を入れてみる。「Searching…」という表示が数秒続いた後、現地の携帯キャリアの電波をつかんだ。そこから会社に「今着いたよ」コールを入れる。 空港で、現地ガイドのメイさんという女性と合流し、彼女の先導でホテル行きの貸切バス乗り場へと向かう。ほんの100メートルぐらいの距離だが、暑い。 バスは日本の観光バスと変わらない。三菱ふそう製だったが、フロントガラスに 「南無阿彌陀佛」 というステッカーが貼られていたご利益のおかげか、大きな事故もなく無事に乗っていくことができた。 道路は日本と同じ左側通行。走っている車はベンツがやたら多い。大きな実をたわわにつけたヤシやらマンゴーやらの木が街路樹になっているところ、さすがは熱帯の国という感じ。 今回の研修は1人で申し込んだので、参加者は知らない人ばかりで、自由時間はきっとずーっと単独行動なんだろうな~と思っていたら、以前仕事でからんだことのある、国際電話のプロダクトオーナーの部長さんがたまたま一緒だということがわかり、その人にくっついていくことにした。 「City HallのPan Pacific Hotelに旨い中華の店があるよ」ということなので、そこで落ち合うことにする。Orchardというところにあるホテルにチェックインして、部屋に。ホテルは日本の高級ホテル並み。アメリカみたいにベッドに枕3個並ぶほど広いわけではないが、それでもゴージャスであることには違いない。 さて、ホテルからPan Pacific Hotelまで行くのに、地下鉄で行ってもいいのだが、切符の買い方もよくわからんし、せいぜい2~3キロぐらいなので、歩いていくことにする。Orchard Roadというところを海岸方面に向かって歩いた。Orchard Roadは日本の表参道みたいな感じで、街を歩いている若者もアジア系。あんまり外国に来たという実感がわかない。日本にいるのとあんまり変わらない気がした。それでも、標識や案内表示は英語がメインで、外国人にとってもわかりやすい。 途中、あまりに蒸し暑くて喉が渇いたので、ジュースを売ってそうなスタンドバーに立ち寄る。肌の浅黒い、インド系かマレー系のオヤジさんが寄ってきて、「Are you Japanese?」と聞いてくる。「Yes.」と答えると、「Very good.」などと言ってくる。何がgoodなのか知らないが。それで、すすめられるまま缶ジュースを買った。1本S$2.50(175円)。どうやら物価は日本より高いみたい。 さてPan Pacificに着き、部長さんと落ち合って中華料理をいただく。味は日本のバーミヤンとあんまり変わらなかったが、塩味がハッキリしていて旨かった。帰りは怪しい足ツボマッサージの店に連れて行ってもらう。中国系のおば姉さんに足の裏を揉まれたり叩かれたり。日本より荒っぽいんだが、気持ちよかった。1時間で約S$50(3500円)。日本より相場的にはるかに安かった。 店を出たときはもう夜の12時。それでも街は活気に満ち溢れていた。
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スチュワーデス制服博物館
松本空港ターミナルビルに、内外航空会社18社が現在使用している女性客室乗務員の制服を一堂に集めた「キャビンアテンダント制服ミュージアム」を開くとのこと。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040305-00000174-jij-pol 入場料は100円。10時~17時。5月30日までの期間限定。水曜日休館(休日除く)。 松本空港ターミナルビル 松本空港 松本空港への交通 松本空港発着航空ダイヤ 日本航空 全日空
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THOUGHTS & URLS: 亜米利加さんに出発なのだ!
家を5時ごろに出て、一度乗ってみたかった京成スカイライナーで一路成田へ。 成田には8時前ぐらいに着いた。 とりあえず国際線の出発ロビーを探して、そこの全日空のチェックインカウンターを探してそこでチェックイン。いやーさすが国際線、国内線とはチェックインカウンターの構えからして違う。とりあえず、そこの「北米向け路線用入口」とやらから入ってみる。 ピギーバックをX線探知機に通すと、係官から「機械類を入れてますね。中を開けていただいてよろしいですか」と声をかけられる。さすが北米向け路線、時期が時期だけに警戒のしかたが違うねえ・・・と感心しながら中身を見せ、ノートPCだということを説明すると、すんなりOKが出た。そのあと、エコノミークラス用のチェックインカウンターに出向いてみる。航空券とパスポートを出すように言われ、航空券を機械のようなものに通された後、「通路側と窓側が空いておりますが、どちらになさいますか」と聞かれたので、どうせトイレにも行くだろうしスッチーさんも見たいので(爆)通路側にした。 ピギーバックも機内に預けたことだし、身軽になったところで朝飯でも食うか・・・と近くのマックに入って朝食をとったあと、することもないので出国手続きでも済ませておこうと思って、近くの出国手続きの窓口をくぐる。 まず、手荷物をX線探知機に通し金属探知機をくぐったあと、出国審査の窓口に着く。 そこでは一人々々順番に審査を受けることになっていて、順番がくるまで少し後ろにある線まで下がって待たなければならない。そして順番が来ると、窓口に進んで審査を受ける。 手続き自体はパスポートを見せて査証欄にスタンプをおされるだけで、特に難しいこともなくすんなり審査は通ってしまった。 出国手続きが終わるともう実質上日本の外に出たことになる。あとは搭乗時間が来るまで、噂に聞いていた免税店を自由に利用できる身になった。 免税店っていうぐらいだから、さぞ安く買い物できるんだろうな~なんて期待して立ち寄ってみたんだけど、やっぱり扱ってるものがそれなりに高級なブランド品ばっかだし、免税品ったって値段的にはそれなりにするんだよね・・・まあシャネルのエゴイストが4000円台で買えるってのは、確かに安いかもしれんけど。 あんまり魅力的な品物もなかったし、出発する前から荷物増やすのもどうかと思ったので、結局何も買わずに、あちこちうろうろしたりして時間をつぶしていた。 サテライトとかいう離れの建物に行くシャトルとかいう新交通の鉄道があったので、嬉しがって乗ってみる。で、乗ってみたのはいいけど、またメインターミナルに戻ると、知らないうちに到着ロビーにたどりついてしまって、ちょっと焦ってしまったぞ! まあ、乗り継ぎ便用のゲートを通って再度金属探知機をくぐれば、もとどおりの場所に戻れたけど; そんなこんなで、3時間前に空港に着いたにもかかわらず、あっという間に搭乗時間が来てしまった。 ファーストクラス・ビジネスクラスの客から優先的に搭乗口に通され、エコノミーの客は後回しにされる。こういうところにちゃんとした格差がつくられてるわけだね。 係員の案内のもと、改札に搭乗券を通す。 国内線と違うのは、改札のときにパスポートも提示を求められること。けっこうパスポートを見せる機会が多いらしい。盗られにくいようにわざと出しにくい場所にしまっていたので、いちいち取り出すのがめんどくさいのなんのって・・・ シートは、エコノミーとはいっても、国内線のシートと比べると快適そうだし、前面にテレビまでついてるし、けっこう悪くないと思った。飛行機の形が同じなので、てっきり国内線も国際線も同じ飛行機を使いまわしてるのかと思ってたんだけど、どうやらそうじゃないみたいで、やっぱり国際線用の飛行機はそれなりのものを使っているみたいだね。 右隣(窓側)に座る外人さんが、窓側の座席だけ足元のスペースが狭いとCAさんに文句言ってたけど。 飛行機が搭乗口を離れると、滑走路まで出て飛び立つのにけっこう時間がかかり、結局離陸したのは搭乗口を出てから約30分後ぐらい。それでもトータルの飛行時間に比べればたいしたことないんだろうけど。 Ground Speedも1000キロ以上。大阪行きの国内線だとせいぜい時速700キロぐらいが限界だから、やっぱり飛ばしているみたい。 1110NRT-0940IAD 飛行機は東に向かって進むということは、時間が早く進む方向に向かうということなので、日付変更線を無視すると、朝の11時半から翌朝の9時半までの約22時間という時間が、飛行時間の12時間に圧縮されるということになる。 つまり、 飛行機の窓の外は普段より早く夜が来て、早く夜が明ける ということになるということか。 案の定、離陸後4時間ぐらいして、機内食が終わり免税品の販売が一段落したら、もう空が暗くなってきて、機内の照明も落とされてしまった。 1時間ほどまどろんだけど、目がさめるとちっとも眠くならない。しょうがないのでCAさんを呼んで、ワインを持ってきてもらった。 何本飲んでも眠くならないので、3本ほど空けてしまった。機内では普段よりも酔いが回りやすいと聞いてたんだけど、全然酔いが回る気配がなかったんで、つい調子に乗って飲みまくっていると、そのうちちょっと気持ち悪くなってきた。 冒頭で足元が狭いと文句言ってた外人サンは、途中で別の座席に移っていったので、2人分座席を占領できてちょっと快適。いや~ラッキーラッキー。 漏れの通路の担当のCAさんにすっかり顔覚えられてしまったみたい(爆) まあ、シートベルトしてなくて3回ぐらい注意されたり、キョロキョロして挙動不審だったからしょうがないか。 ちょっとポチャッとしてたけど、可愛かったから漏れ的にはちょっとお気に入りだったぞい;