「ようやく終わってくれたか」というのが、多くの読者の偽らざる気持ちではないか。日本経済新聞の朝刊に一昨年11月から連載され、賛否否否否否両論を巻き起こして話題となった、渡辺淳一「愛の流刑地」が、今日の分をもって終了した。
「冬のソナタ」などに代表されるような精神的なつながりを中心とした「純愛ブーム」がもてはやされてきた昨今にあって、「愛の流刑地」は肉体関係を主体としたエロス中心の”純愛”のあり方を提起し、”純愛”のきわみのエクスタシーの頂点に昇りつめて感じた人と、いまだ知らぬ人との戦いはいずれが勝つのか、読者はいずれに軍配をあげるのか、を読者に考えさせる内容であるとの触れ込みだ。
読んでいない人のために、あらすじを説明すると、主人公である55歳の恋愛小説作家・村尾章一郎こと村尾菊治は、かつては恋愛小説で脚光を浴びていたが、ここ十年ほどは鳴かず飛ばず。ある日菊治は、自分の小説のファンだという関西在住の38歳の人妻・入江冬香を女友達から紹介される。富山出身の冬香に、富山の祭り「おわら風の盆」で踊る女性の姿態を重ね合わせて淫らな妄想をかきたてた菊治は、冬香を京都のホテルの自分の部屋へ連れ込み、そこでいきなり冬香の唇にベロを差し入れると、冬香はそれに応えるばかりか、自ら「ください」と言って菊治を求める。あまりに好都合な展開にすっかり調子に乗った菊治は”強権を発動”し、そのまま冬香を組み伏せ性行為に及ぶ。
東京に住んでいる菊治は、それ以来、何度か京都に出向き、自分の泊まるホテルへ冬香を呼びつけては関係を持つということを繰り返す。冬香は夫と3人の子供を持つ身なのだが、夫とは見合い結婚で仕方なく一緒になったような関係ゆえ夫婦間はすっかり冷め切っており、身の毛もよだつほど嫌な夫と関係したくないために、妊娠してその間だけでも夫を遠ざけようと3人も子供をつくったのだという。およそ母性愛のかけらも感じさせないなんとも身勝手な理由とは思えるが、それをそう受け取らない菊治は、ただひたすら己の欲望のまま冬香を”調教”し、”征服”していく。マトモな対話があるでもなく、食事をごちそうするでもなく、どこかに出かけるでもなく、会うなり「すぐに部屋へ一直線、チューしてエッチして戯れて、冬香が帰り支度したあと申し訳程度に窓から街を眺めたと思ったらまたチューして、フロントから電話で催促されて大慌てで着替えて」飛び出す(「にっけいしんぶん新聞」2004年12月21日)という単調な”逢瀬”ではあるが、冬香は不満を口にするどころか、ひたすら菊治の意のまま、適当に抵抗しながらもやがて積極的に受け入れ、それまでからは考えられないような淫らな豹変ぶりという、三流AV並みの都合の良さ。
年が明け、冬香は東京へ菊治を訪ねて来る。夫や子供をほったらかしてどうやって訪ねてこられたのかは置いといて、二人はひたすら姫始めに精を出す。さらに、春になると、冬香の夫の東京転勤が決まり、それに伴って一家は新百合ヶ丘に引っ越す。それからは、家族の目を盗んで週に何度も新百合ヶ丘から千駄ヶ谷の菊治宅を訪れ、関係を持つ。
菊治と逢っている間、冬香は3人の子供を夫に押し付け、もしくは実家に預けている。夫は嫌な顔一つせず子供をデパートに連れ出すなど良いパパのように思われるが、冬香にとってみればそんな夫が嫌で嫌でたまらないらしく、菊治に夫の愚痴を言い募る。菊治はそんな冬香に同情し、夫に対して”義憤”を感じながら、ヤルことだけは熱心にやる。
夫が夜中にこっそり”ポルノチックなビデオ”を独りで見るといっては毛嫌いし、フェラチオを求めてくるといっては変態扱いし、果ては睡眠薬を飲まされてレイプまがいのことをされたと強弁する冬香だが、”レイプ”されたその日にノコノコと菊治のところを訪れてはさんざんヤリまくる。菊治はフェラチオはもちろん、”ワカメ酒”をやったり自分たちの行為をボイスレコーダーで密かに録音していたり、あげくに生理中に無理やりするなど、夫より遥かにメチャクチャをしているが、冬香はそれらは従容として受け入れるばかりか、果ては菊治に”首絞めプレイ”を求め、首を絞められると「いくわよう……」と興奮する性癖を持つ。
菊治は、そんな冬香を意のままにしている自分のことを、あろうことか”性のエリート”などと自認し、行きつけのスナックのママにそのことを吹聴する。ママもそれに呼応して「女はお産を経てからのほうが感じる」「女は子供を生んで一人前」などとトンデモなことをのたまう。
しかし、そうやって調子に乗っていた菊治は、ある日、情交中に冬香から例の”首絞めプレイ”をせがまれ、求められるままに首を絞めていると、冬香は「ごわっ」という声とともに死んでしまう。殺人罪で逮捕された菊治は、裁判にかけられる。
裁判では、検察側の証人として被害者の夫が出廷するが、夫は被害者である妻へのこれまでの態度について検察・弁護側双方から離婚訴訟さながらに責めたてられる。弁護側は、菊治が逮捕直前に書き上げ獄中にいるときに図らずもベストセラーとなった新作小説を高々と示し、その小説のテーマである”性愛”が被告人の思想の根底にあると主張して、通常の殺人罪より軽い嘱託殺人を主張して争う。被害者の遺族や子供たちのことについて思いを致す者は誰もおらず、およそ争点がかみ合わない法廷茶番劇を横目に、被告人である菊治は、検察官の女性の胸元などを見つめては淫らな妄想にふける。
やがて判決が下り、菊治は懲役8年の実刑を言い渡される。菊治はその”理不尽な”判決に怒り、法廷で暴言を吐いて退廷を命ぜられるが、そのさまを傍聴席で見ていた菊治の息子やその婚約者は、どういうわけかそんな父の姿を見て「格好よかったよ」と誉める。しかし、人間の情に思いを致さず、ただひたすら法や理屈だけで進められた裁判が納得がいかず、控訴しようかどうかと考えていたとき、例の行きつけのスナックのママから拘置所に手紙が届く。愛はエロスであり、エロスは死によって昇華し完結する、愛する女を快くして舞い上がらせ、ついには降りられなくなるまで昇華させてしまった菊治に対して、冬香が刑を与えたのだと訴えるその手紙を読んだ菊治は、控訴せずこの”愛の流刑地”で刑に服することを決める――。
官能小説まがいの露骨な性描写に加え、余りにも男性に都合の良すぎる”ありえない”展開、主人公(または作者)の男尊女卑的な行動、そして小説全体に垣間見られる女性蔑視的なトーンが多くの読者の嫌悪感を誘い、日経新聞にはかなりの抗議が毎日殺到していたという。また、この小説の意味不明な展開や破綻したストーリーを突っ込んで笑い飛ばす(または、憂さを晴らす)ために、前出「にっけいしんぶん新聞」をはじめ多くのブログやサイトがつくられ、本編にフラストレーションを抱えた読者がそこに数多く集った。
この小説が最も批判されたことは、不倫という背徳的なテーマや露骨なセックス描写よりもむしろ、それらが十分に描かれていないことに対する不満が多かったようだ。昨今の文学作品にセックスはつきものでもあるし、それをことさらに取り上げて”教育上の理由”から非難する声は比較的少なかった。それよりも、ほんの数行手前の記述とも整合しないような破綻した文章、地の文や登場人物の言葉の端々にみられる作者の旧態依然とした女性観、およそ現代の30代の女性とは思えない話し方や所作などの描き方に、読者は大ブーイングをしたようである。
作者の渡辺淳一氏は機を同じくして自らのブログを開設したものの、そこに自らの不正乗車について自慢げに掲載し、さらにそれを咎めた車掌に対して「融通を利かせろ」などと説教したというエピソードを盛り込んだことなどがさらにネット上で批判され、氏の人間性すら疑問視する論調までみられるに至った。
“淳愛”と、それをいまだ知らぬ人との戦いは、読者の目から見ていずれに軍配があがったのか。その答えは、すでに出されている。
Comments
3 responses to “愛の流刑地”
初めまして、にっけいしんぶん新聞のトラバから飛んできました。
面白かったです☆
とくに最後の1行目、カッコイイー!&爆笑でした。
お陰で淳先生のオフィシャルブログを初めて見ましたが、
ご本人も「愛ルケ」っておっしゃっていたとは!(驚)
色々勉強に成りました!ありがとうございます♪
ミネコ様
はじめまして。コメントどうもありがとうございます。
「にっけいしんぶん新聞」は私もずっとROMしてましたが
毎回毎回、途中で中だるみもせずに高水準のツッコミを続けられた
にっけい氏の文章力&センスにはとても頭が上がりません。
これらのブログのおかげでこの小説自体もかなり話題になって
渡辺淳一氏もだいぶ名前が売れたんじゃないでしょうか。
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