Category: Yuki’s Diary 日記

  • メンタル・ヘルス

    僕がまだ地元の大学院生だった頃,研究の用事で東京に出張することがあったんだけど,帰りに東京駅で中央線から新幹線に乗り換えようと連絡通路を歩いていると,明らかに精神が錯乱状態の若い女性が通路に座り込んで,道行く人々に向かって「見るなよ!見るなって言ってんだろ!見るな!」と延々怒鳴り付けていたことがあった。あまりのショッキングな光景に度胆を抜かれた僕は,「ああ・・・東京みたいな閉塞した大都会に住んどったら,ストレスで窒息して神経おかしなんのかなあ・・・」などと思ったものだ。
    少し前,ドクター・キリコ事件というのがあった。「ドクター・キリコ」とは,手塚治虫先生の名作漫画「ブラック・ジャック」に出てくる,自殺志願者や治癒の見込みのない患者への安楽死を専門に請け負うモグリ医者の名前で,自分をその医者に見立てて自殺志願者に毒薬を宅配するWebサイトを開いていた男がいた。ドクター・キリコ事件とは,その男が,鬱状態で死を考えていた東京・杉並区の女性に青酸カリを郵送してその女性を自殺させ,そのあと自分も自殺したという事件のことだ。
    最近,心を病んで自殺を図ったり,そこまで極端ではなくとも,パニック障害,過換気症候群(いわゆる過呼吸ね),鬱病などの精神的なトラブルを抱えるようになった人が最近とみに増えていて,精神医学ものの漫画やTVドラマなんかも飛び出したりして,「こころの問題」が,近年ますます話題になりつつあるようだ。
    確かに,現代人は精神的に弱くなったのかもしれないし,戦争に行って血みどろの極限状態で仲間が次々に死んで行くのを見てきた世代の人たちにしてみれば,「何を甘えたことを」と思われるかもしれないし,「今の人は精神修養が足りない」と言われても仕方ないかもしれない。けど,血もろくに見る機会もない平和な時代に生まれ育った現代人が,精神的ショックに対する耐性が少ないのは仕方ないことだ。
    僕は阪神大震災を経験したこともあって,震災後半年ぐらいに被災者を襲うPTSDにとても関心があった。PTSDで苦しむ若い女性の新聞記事などを読むと,俺が今すぐそばに行って支えてあげたい,なんて思ったものだけど,よく考えると

    僕なんかそばにいたって,支えになどなるわけない

    わけで,相手を余計に傷つける結果になりかねないんだよね。PTSDは病気なんだから,専門の医者にかからなきゃ治るわけないのだ。
    僕はどっちかというと感情のムラがわりと多いほうで,ハイなときとブルーなときとの差が激しいほうなんだけど,幸いなことに,今までのところ何も精神的なトラブルは起こっていない。でも,30歳をすぎて精神分裂病を発症する人もいるそうだし,これから先ずっと健康でいられる保証などないわけで,まして東京のようなstressfulな大都会に一人で暮らしていれば,なおさらだ。これから仕事も忙しくなり,ストレスも今以上に過大にのしかかるだろうということを考えると,体がボロボロにならないために,ちゃんとしたメンタル・ヘルス・ケアが必要だなと感じている。
    日本でも最近は心療内科が市民権を得てきて,普通の人でも通えるようになってきてはいるんだけど,まだまだアメリカのように一般の人が気軽に安価にカウンセリング等を受けられる環境は整っていない。アメリカでは,健康でもかかりつけのセラピストがいる人が多く,ちょっと何かあると気軽に相談に行ったりできるそうだ。今の日本の心療内科はまだまだ,病気になってから治療のために通うという色彩が強くて,そんなとこに通ってるとまだまだ偏見の目で見られやすいんだけど,いったん病気になってしまったら治すのが難しいわけなんだから,病気にかかる前の予防保全的な役割を果たせるような機関を充実させないといけないと思うね。
    あと,アメリカでは,積極的な性格にならないと人生で成功しないというので,もともとおとなしい性格の人は,プロザック等のいわゆる向精神薬を服用したりしているそうだ。日本人はまだまだ向精神薬に対する抵抗が強いが,プロザックがあれば大部分の日本人の性格が明るくなり,社交的になるだろう。鬱病治療にも効果をあげているそうだし,健康な人にとってもメリットになることが多いはずだ。何故,プロザックを日本で解禁しないのか,不思議で仕方がない。プロザックに限らず,いわゆるlife creation drugの類は,ストレスの多い現代社会に生きる人間ならもっともっと活用しなきゃ損だ。
    こころの健康管理も,他の普通の健康管理と同じように考えないと,これからの社会,とても生きてはいけないと思うよ。これ以上,

    朝のラッシュの人身事故で足止め食っちゃ

    たまんないからね;

  • 死ぬこと,生きること

    毎日,朝になると満員電車にゆられて会社に行き,仕事をして,夜になると帰宅する。昨日と同じように,今日も,また明日も,同じことが繰り返される。僕たちにとってみれば,そんなことはごく当たり前すぎることであって,普段は「今日も自分は生きているんだ」などといちいち意識してるほど暇じゃないし,ましてや「今日,ひょっとしたら自分は死ぬかもしれないんじゃ・・・」なんてこといちいち考えたりしない。
    けど,突然命を落とす可能性は誰にでもあるわけで,特に現代は,健康であっても,まだ若くても,事故や事件に巻き込まれていきなり人生の最期の日を迎えることも十分起こりうる世の中なんだよね。
    4人が犠牲となった3月8日の中目黒での脱線衝突事故を聞いて,ふとそんなことを思った。この事故で亡くなった人たちは,朝いつもと変わらずに普段通りに起きて朝食を摂って身支度を整えて家を出て電車に乗って,電車の中で新聞や文庫本を読んだり,寝ていたりしていたんだろう。まさかその日に人生の最期を迎えようとは夢にも思わなかったに違いない。否,事故に遭ったその瞬間にさえも,自分の身に何が降りかかったか十分呑み込めないまま,確かめるすべも持たずこの世を去っていったんだろう。朝,変わらず元気な姿で家を出たのに,夜には変わり果てた姿になって無言の帰宅をしたわが子,わが妻を目の当たりにした遺族の心痛,いかばかり。
    99年9月の池袋通り魔殺人事件にしても同じことが言えるわけで,普通に歩いていたのに,いきなり降ってわいたような災難に巻き込まれ,ホントに突然,人生を強制終了させられたわけだ。
    特にこれらの事故・事件は僕の生活圏内で起こったことだけに,一歩間違えれば僕自身が巻き込まれる可能性があったわけで,決して他人事とは思えない。特に同じ年代の方が犠牲になるのを見ると,胸がつぶれる思いだ。亡くなった方々には言葉もない。
    こんなこと言ってる僕だって,何度もすんでのところで命拾いしている。阪神大震災のときには,寝る位置があと50cmずれていたら,間違いなくタンスで頭をつぶされていただろう。学生のころ,地元のホテルでバイトしていたんだけど,そこで地元の暴力団の某若頭がチャカで撃たれ,その若頭は即死,隣のテーブルに座ってた歯科医が巻き添えを食って亡くなるという事件があった。幸いその日にはバイトが入っていなかったんだけど,もしバイト中に事件が起こってたらと思うと,今でもぞっとするね。
    特に大都会は,常にいろいろな危険と隣り合わせだ。夜の盛り場はもちろんのこと,車を運転中でも,電車や飛行機の中でも,学校や会社の中でも,病院の中でも,どこにいても,生命を失う可能性は常にひそんでいる。それは交通事故であったり爆弾テロであったり毒ガステロであったり通り魔であったり,はたまた
    高速道路を走っていて前から鉄板が飛び込んできたり
    することもあったりする。
    じゃ家の中に閉じこもっていれば絶対安全かといえば,阪神大震災の例をひくまでもなく,突然一発大地震が来て

    天井ごと落っこちてくることだって

    ある。隣の家が火事を出して逃げ遅れて煙を吸っちゃうことだってあるかもしれない。現代人にとって,もはや絶対安全な場所はないといっていい。
    そういうわけで,今の世の中,

    人間,いつ死ぬかわからない

    と言っていい。生きている限りいつか死ぬのは当たり前なんだけど,それがいつなのかは予測することができないわけで,今日死ぬかもしれないし,明日かもしれないし,50年後なのかもしれない。
    では僕たちはいったいどうすればいいのか。死を恐れながら毎日びくびくして暮らさなければならないのか。
    僕の考えたソリューションは,

    1.覚悟を決めること

    人の生死を決められるのは自分自身でなく,神仏や,あるいは人を超えた力の巡り合わせであると自覚すること。同じ事故や災害に遭っても,命を落とす人もいれば,間一髪助かる人もいるわけで,その差は,ほんとに紙一重である。今回の中目黒の事故にしても,たまたま被害に遭ってしまった人もいれば,この日に限って乗車位置をたまたまいつもと別のところにしたために助かったという人もいる。そして,その運命は,自分自身で制御できない。いくら気をつけていても,助かるときは助かるし,ダメなときはダメなのである。潔く運命を受け容れることである。

    2.悔いを残さないこと

    今日できることを明日まで延ばさないこと。明日はないかもしれないのだから。楽しいことは後にとっておかないで,すぐにやってしまったほうがよい。将来に向けて備えることも大切だが,今を楽しむということも忘れないようにしたい。そして,いつ命がなくなっても悔いのないように,1日1日を精一杯生きること。
    さて僕自身はどうかというと,正直なところ,1日1日やり残しの連続だし,ノホホンと毎日過ごしてるので,とても精一杯生きているとはいえない(苦笑)。うーん,まだまだ死にきれそうもないようだ;

    (more…)

  • nibit.to始動!

    新年度を記念して,私の個人サイトをこちらに移転させました。
    やっと立ち上がったnibit.toサイトです。
    これからどうしよっかな~ゆっくり考えよ;

    今日は,飛鳥の犬養万葉記念館がオープンする日。
    記念すべき日に,このサイトもオープンできたこと,とても嬉しいです。

    今までコンタクトレンズを使っていましたが,これからは経済的な
    眼鏡にシフトしようと思い,駅前のパルコの中の眼鏡屋さんで
    眼鏡をつくってもらう。明日できあがるとのこと。

  • nibit.toについて

    サーバ調達の目処が立たない上、予算の都合もあり、root付きレンタルサーバの導入はやめることにしました。
    代わりに、通常のホスティングサービスでドメインだけをホストしてもらうことにしました。
    4月あたまぐらいに立ち上がるかな・・・

  • やっとiモードGET!

    ホントはノキアのNM502iが欲しくて待ちわびていたのだが,いつまでたっても出ないので仕方なくD502iにした。
    今日,端末をゲットして本屋に向かい,ポパイを立ち読みしていると,なんと4月にNM502iが発売予定だって;
    もっと早よ言わんかいアホ!

    落合南長崎のサービス工場にて愛車の修理&オイル交換。しっかし今日はどこの道も混んどったな・・・

  • 札幌行ってました

    いやー札幌の女の子はめちゃめちゃカワイイっす!!!
    色白だし、肌のきめが細かいし、髪の色も普通。
    おまけに、東京の子と比べてちょっと垢抜けないしゃべり方がなんともいえずたまらん;

    帰りの飛行機で、「スッチーのお姉さん、いるかな・・・」と思って何気なくうしろを振り向くと、スッチーの1人と目が合ってしまった。
    離陸直前というのに、そのスッチーのお姉さんはすっ飛んできて、
    「いかがなさいましたか?」
    と聞いてきた。
    あわてて「いえ、何もないです。すみません・・・(^人^;)」と答えたけど、恥ずかしかった・・・というより、忙しいところ悪いことしてしまった;
    挙動不審な客でもーしわけない(^^;)

  • 明日から出張;

    2/13~15の3日間,会社の出張で札幌に行ってきます。
    ゆえに,その間,ここのサイトは更新できません。
    あしからず。

  • 大都会で生きる

    朝,家を出る前,「今日は生きてここに戻って来られるだろうか」と思う。
    何も事故や事件に巻き込まれないことを祈る。
    こればっかりは,ただ祈るしかない。
    大都会では,いつも死と隣り合わせ。
    夜,寝る前に,「今日も1日生きていられて良かった・・・」と,神仏に感謝する。
    次の日も,またその次の日も,その繰り返し。

    それでも,運が悪ければ,命を落としてしまう。
    私と同年代の人が図らずも亡くなってしまうのを聞くのは,なんともやりきれない。

        — 今回の事故で犠牲となった方々に合掌・・・;

  • 今日は仏滅・・・列車事故

    今朝,会社の近くで電車の脱線衝突事故があった模様で,ヘリコプターが上空をぶんぶんと飛び交ってます。
    3人ほど亡くなったそうで・・・きっとこの人たちは,事情も飲み込めないまま亡くなってしまったんでしょう。
    お気の毒としか言いようがないです。

    人間なんて,死ぬときはほんとに簡単というか,あっけないですね。
    これからの時代,人間,いつ死ぬかわからないです。それは事故であったり,通り魔にたまたま刺されるのであったり,テロに巻き込まれたり,いろいろなんでしょうけど。
    じゃあ家に閉じこもっていれば絶対安全かというと,そんなことはなくって,一発大震災でも来ればアウトだしね;

    同じ事故や災害に遭っても,命を落とす人もいれば,間一髪助かる人もいます。その差は,ほんとに紙一重だと思います。私は震災を体験したんですが,もしあのときあと50cm横に寝ていたら,私の頭はタンスで押しつぶされていたでしょう。今回の事故にしても,たまたま最後部に乗ったばっかりに,被害に遭ってしまった人もいれば,この日に限って乗車位置をたまたまいつもと別のところにしたために助かったという人だっているでしょう。日頃の行いがいい悪いという差ではなく,ホントに,神サマというか,人ならぬ力の巡り合わせが明暗を分けたというしかありません。

    もう,私たちには絶対安全という場所はなく,どこにいても,常に死と隣り合わせに生きているのだ,と自覚しといたほうがいいでしょうね。人生の楽しみは,後にとっておかないで,生きてるうちにやっておいたほうがよいかもしれません。そして,いつ命がなくなっても悔いのないように,1日1日を精一杯生きること。そのぐらいしか,今の私たちにできることはないのかもしれません。

    将来の夢など何もない,刹那主義な私;