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アフターコロナでどう変わる?

コロナが世界中に広まっていますね。ジョンズ・ホプキンス大学によると4月29日時点で3百10万人以上が感染して、20万人以上が亡くなっているそうです。ここ東京も例外ではありません。

そのせいで、世界中の人々が行動変容を迫られ、何ヶ月も外出禁止になったり、医療関係者、消防士、警察官、スーパーの店員、清掃作業員、配達人、公共交通機関に従事する人などのエッセンシャルワーカーは感染の恐怖に直面しながら外で働いているわけです。

かくいう私も、東京で約2ヶ月近くのステイホーム生活を送っています。日本の感染者数や死者数はアメリカなどに比べると低いですが、それでも毎日何百人もの新規感染者が確認され、何十人もの患者が亡くなっているわけで、感染爆発をひきおこすのを避けるため、アメリカや他の国と同様、不要不急の外出自粛と適切なソーシャル・ディスタンシングを維持することが求められています。最近では在宅勤務をしたり、テレビを見たり、電子書籍を読んだり、食事はドアまでデリバリーしてもらったり、それで食事したり、寝たりで一日過ごしている状況です。

このような不便がいつ終わるか誰にもわかりません。通常に戻るのに18ヶ月かかるという人もいれば、もうアウトブレイク前のようには戻らないという人もいます。東京はニューヨークの3週間遅れといわれていますから、このデファクト・ロックダウンを都が解除するのは早くてもニューヨークの3週間後なのかもしれません。ちなみにビジネスを再開している国はまだどこもありません。

私は食べ物を買いに行くかコインランドリーで洗濯する以外には一日ずっと家にいますので、この先世界がどう変わっていくかを考える時間が十分あって、少し考えてみました。

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Changes of the world from COVID-19

COVID-19 is dreadfully spreading throughout the world, hospitalizing more than 3,100,000 people and taking the lives of more than 200,000 patients as of April 29, according to Johns Hopkins University. It is no exceptions here in Tokyo.

The virus is forcing all people in the world to change their lifestyles. Many have been grounded for months. Essential workers, such as doctors, healthcare workers, firefighters, law enforcement officers, supermarket clerks, garbage collectors, delivery servicepersons, and staff involved in public transportation, work outside facing the fear of infection.

I’ve been staying at my house in Tokyo for almost two months. Although the confirmed cases and the death toll in Japan are lower than those in the United States, there are hundreds of cases tested positive and dozens of casualties every day. People are requested to refrain from non-essential journeys and maintain proper social distancing like the US and other countries to avoid causing overshooting of patients. These days I work from home, watch TV, surf the internet, read e-books, have meals delivered at the door, eat them, and sleep in the bed.

Nobody knows when this inconvenience ends. Some say that it will take 18 months for everything to get back to normal. Others say that it will never return to what it was before the outbreak. Since public health specialists say that the situation in Tokyo is three weeks behind that in New York City, the Metropolitan Government will probably lift the de facto lockdown no sooner than three weeks after NYC. As of today, no countries reopened business yet.

I’m at home all day long, unless I buy foods at the grocery store or wash my laundry at the laundromat. I have much more time to think about what the world will become in forthcoming years. Here’s what I think the world will change:

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第三次世界大戦の序章

令和二年は悪夢で始まったようです。正確に言うと年のはじめには、2ヶ月後にこうなってるなどと誰も予測し得なかったのです。言うまでもなく、いま世界全体が戦っているもの、つまりコロナウイルスの話です。

2月の時点では、特定の国の限られた地域だけの話、あるいはとどめ置かれた豪華客船の中の、気の毒な富裕層の旅行者に限られた話だったのですが、数週間すると、世界のほとんどの場所で関係する話になってしまいました。今や事態は日に日に変わっていきます。ここ数日で、世界中で何千人もの人がこの病気であらたに入院しています。そして中国、日本、イラン、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、アメリカ、その他で、一万人以上の患者が亡くなりました。

WHOはパンデミックを宣言しました。ロックダウンが多くの都市で、ある国では国全体で進行中です。不要不急の外出は禁止されたり、推奨されなくなったりしています。人々は死なないために、家にとどまって、他人と2メートル離れることを強いられています。

このロックダウンで世界経済に大きな打撃を与えています。ダウ平均株価は今月だけで何度もサーキットブレーカーが発動し、1000ポイント以上下落しました。ボーイングの株価はここ数週間で3分の1になりました。この経済危機は1929年の世界恐慌より悪くなっています。

この状況は日本にもあてはまっています。ここ東京では、陽性患者が毎日、前日より多く発生している中、ロックダウンの可能性もあると都知事が発言しました。今週末は不要不急の外出を控えるようによびかけています。

日本人は、緊急事態宣言やロックダウンの発令を恐れているようにみえますが、言いたくないですが私は、ロックダウンの命令はここ数週間以内、あるいは数日以内に発令されるとみています。他の文明国がすでにそうなっているからです。

ロックダウンが避けられないとすれば、どうすればいいのか。ほとんどの人が職場に行けなくなる、ということは、田畑、漁場、搾乳場、工場などに行けなくなるということなので、食糧生産や日用品生産が厳しく制限されるということになります。

ひとたび供給がやめば、パニック買いが起こりやすくなります。すべての家庭が必要なものを得るだけの資金や手段があるわけではないので、この買いあさりの行動は反社会的なものとして非難しなければなりません。パニック買いが起これば、流通機構に平常以上の負担がかかるので、国内の在庫品の流通が不公平になります。このようなパニック買いに加わることは、社会連帯意識の欠如、つまり自分勝手なことをしたのでは社会が成り立たないという意識が欠けていることを暴露するだけでなく、自分が有事の際の備え、貯えを怠っていたことを証明するにほかなりません。

われわれとしては、さしあたり必要な物資を、ロックダウンが発令されるまでに確保するほかありません。すでにロックダウンが実施中の国の人が何をしているのかを知ることが助けになるでしょう。

この経験は、次の重要な示唆と教訓を与えています。つまり、最も権利意識に敏感な自由主義諸国でさえ、さしせまった危機の前では、個人の権利や自由をいとも簡単に、そして迅速にコントロールすることができる、という事実です。それはとりもなおさず、ひとたび緊急事態が発生すれば、個人の権利などとるにたりない脆弱なものということです。

今わたしたちの目の前で起こっていることは、第三次世界大戦の予行演習のようにも思えます。第三次世界大戦は今後数十年のうちに起こるのではないかと思います。1923年の大震災、1929年の世界恐慌、そして12年後に起きた第二次世界大戦のときと状況が似ているからです。同じように、2011に東日本大震災が起こり、今回のコロナウイルスに起因する世界恐慌が8年後に起こりました。今や世界は分断されています。それぞれの国は孤立し、国境を閉ざしています。これらの国が衝突するまであと何年残されているでしょうか。

将来に向けて準備をすべき時だと思います。資産を分割し、別々の国に置いておきましょう。できるなら、複数の生活場所を確保し複数の国で仕事を持つのがよいでしょう。人生の選択肢をできるだけ多く持つことが、今後の不安定で不確定要素の多い将来においては救われるのではないかと思います。

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大泉ブラジリアンタウン

群馬県大泉町。
大規模な工場が誘致され、そこに日系ブラジル人を中心に出稼ぎ労働者を受け入れたため、人口4万1千人のうち6千人弱が外国人という町で、そこには、大規模なブラジル人街ができています。

The Brazilian Plaza Street in Brazilian town Sign in Portuguese Portuguese on the pole Portuguese on the pole
通りや看板の、いたるところにポルトガル語が。

レストランやフードコートでは、ブラジル料理を出し、スーパーには、ブラジル人用の日用品が売られています。

ほかにも、八百屋さん、薬局、ファッションストア、コンピュータショップ、電器店、タトゥーショップ、旅行代理店、コミュニティーセンターから、教会に至るまで、そこで暮らすブラジル人たちがそこで用が足せるように、ポルトガル語ベースになっています。

さらに、フリーペーパーや雑誌なども、コミュニティーセンターなどに行けば、手に入るようになっていて、飛行機に乗らなくても、パスポートのいらない海外旅行をした気分になれます。

Pamphlets for Brazilians Food at the Brazilian Plaza

注目すべきなのは、これらの店でも、ブラジル人が働いているということ。工場だけでなく、工場で働くブラジル人にサービスをする職にもまた、ブラジル人が就けるようになっていて、ここでは、すべてがブラジル人で回っているようです。

今後、好むと好まざるにかかわらず、日本は近い将来、海外から移民を受け入れることが避けられなくなるでしょう。この町は、多文化が混じり合った一つの例であり、移民とどう共存していくかのヒントを、私たちに教えてくれているのかもしれません。

Supermarket for Brazilians Grocery store

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Brazilian town in Japan

I visited Oizumi, Gumma Prefecture. Large factories and plants were invited to set up in this town, and mainly Japanese Brazilians were attracted there as factory workers. According to statistics, almost 6,000 people out of this town’s population of about 41,000 are from abroad.

The Brazilian Plaza Street in Brazilian town Sign in Portuguese

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シンガポール訪問記2

朝は、8時過ぎに朝食。とはいってもシンガポールと日本とでは時差1時間なので、日本時間にすると朝の9時過ぎということになる。毎日6時起きが習慣の僕にとって、とても9時まで寝てられるものではないので、いつもシンガポール時間の朝5時過ぎには目が覚めてしまう。

ゆっくりと朝風呂につかり、TVをつける。シンガポールのTV局はMediaCorpという局の1局しかなく、あとはCNNとか近隣のマレーシアの放送局などが映る。NHKの放送チャンネルもあった。東京の放送と変わらない。こういうのを視ると、外国に来た気がしない。なおエッチな有料放送はシンガポールでは認められていないのか、探してもどこにもなかった。

TVを視ても飽き足らず、ホテルの外をお散歩することに。早朝だというのに外に出ると相変わらず蒸し暑い。背の高い名前のわからない熱帯樹から落ちた怪しい大きな木の実が道路上で弾け散り果肉をさらしていた。

York Hotel York Hotel

近所にセブンイレブンがあったので、入ってみる。中は日本のコンビニとあんまり変わらない。マレーシア製の怪しいさとうきびジュースを買う。350ml入り1缶S$1.35(95円)。昨日の屋台の缶ジュースは1缶S$2.50だったので、ひょっとしたら昨日はボラれていたのかもしれない。そういえば屋台のオヤジ、「Japanese?」とか聞いてやがったもんなあ。

朝食はホテル内のバイキング。あまり美味い食事ではなかったが、バイキングということでついつい食べ過ぎてしまう。

9時過ぎ、お迎えの「南無阿彌陀佛」バスに乗って展示会の会場へ向かう。

展示会会場は「EXPO」という地名で、チャンギ国際空港の近所にある。法律で空港に近いところには住宅を建てられないことになっているので、空港周辺の一帯はこのような国際展示場や、日本郵船などのコンテナヤードで占められている。

EXPO

展示場の建物を入ったところでレジストレーションをすませ、各人の名前と所属が印字されたプラスチック製の白い名札と、それを入れる透明なケースを受け取る。ケースにはストラップがついていて、場内では名札をケースに入れて首から提げて歩かなければならない。

ニシ・キヨミさんという女性が現地の通訳担当として同行する。彼女は12年前に会社の仕事の関係でシンガポールにわたったきり、現地で結婚しそこに住み着いてしまったのだという。

場内に入る前に、そのニシさんから簡単な注意がある。「私はここの入口の近くに立っていますから、通訳が必要なときは言いに来てくだされば同行します。あと、写真についてですが、撮影してよいのはこの外側までで、ここから中は撮影禁止になっています。展示ブースの説明員の方に一言断って、そこの写真を撮ってもよいと言われたら、そこだけは撮ってかまいませんが、それ以外のブースでみだりに写真撮影することは控えてください」

写真撮影だけでなく、服装についてもきちんとしたものでなければならないと入口に書かれており、ショーツ姿やサンダル履きなどのカジュアルな服装では入場を断られるとのこと。そのあたりの厳しさは、いかにも管理国家シンガポールらしい。

Communic Asia 2004

ひととおり注意事項の説明を受けたあと、私たちは場内に入って、めいめい自分の興味のある分野について自由に展示ブースを回る。

さて今年のCOMMUNIC ASIAの大きな目玉としては、モバイル関連、とりわけ携帯電話の躍進が目に付いた。ほとんどのブースで、携帯電話端末の新製品紹介が中心だったのである。

アジア地域の携帯電話のシステムは第二世代であるGSM方式が主流である。GSMはヨーロッパの郵政・電気通信主管庁会議(CEPT: Conférence Européenne des Postes et Télécommunications)を中心に規格化されたもので、もともとフランス語のGroupe Spécial Mobileの略称だったのが、世界進出にあたって英語のGlobal System for Mobile communicationsという言葉があてられるようになった。

日本の携帯電話業界は、携帯電話事業者主導で走ってきた経緯があり、各事業者が電話機端末の細かい仕様まで決めているので、日本で携帯電話を使うときはまず事業者と契約してから、その事業者が扱っている電話機を選んで購入する形になっている。別の事業者を契約したときは、電話機も新しい事業者の扱っているものに変えなければならない。また電話機の属する事業者以外の電波を、同じ電話機で受信することはできない。

それに対して、GSM端末はその仕様が共通化されているため、電話機メーカーはその仕様の範囲で思い思いの電話機を製造することができる。電話機の購入と事業者の契約とはまったく独立したものであり、携帯電話を使いたいユーザーは携帯電話事業者の発行する親指の爪ほどの大きさのICカード(SIMカード)を購入もしくはレンタルする。このSIMカードの形状は統一されていて、ICチップに電話番号などの識別情報が埋め込まれている。そのSIMカードを電話機に装着して電話機の電源をONすると、その地域で受信できる事業者をサーチして、最も適切な事業者を選択して電波を受信する。その電波は必ずしもSIMカードを発行した事業者である必要はなく、電話機を使う地域の事情に応じて最適な事業者が選択される。このため、GSMのカバーするエリアの範囲内であればどこの国に持って行っても、どの種類の電話機であっても、自由にローミングして使うことができるのである。GSMのエリアは、アジア諸国(韓国は除く)のほか、欧州、中東、アフリカ諸国など多岐にわたり、携帯電話の事実上のスタンダードとなっている。

GSM方式は電波の周波数帯域を多く消費し、日本のPDC方式などに比べ周波数利用効率などの点で必ずしも優れているわけではない。人口密度の極端に高い日本のような国ではPDC方式のほうがはるかに分があることは疑いないのだが、日本の狭い国内に閉じた標準制定にのみ配意して海外展開をなおざりにしているうちに、海外ではGSMにすっかり覇権を握られた形となってしまった。技術は優れていても政治的に弱い日本を示す好例といえよう。

街を見渡してみると、若者たちはどこででも携帯電話を取り出して気軽に会話している。地下鉄のホーム上は言うに及ばず、駅間のトンネル内でも電波が途切れないので、電車内で通話している人も多い。マナーにうるさいどこかの国のようにそれを咎めだてることもない。そんな国では、携帯電話でメールを打っている人はほとんど見かけず、通話がメインの使い方である。

ショートメッセージ(SMS)の送受信は可能だが、相手の電話番号を指定して送信する形しかなく、日本のようにインターネット上のメールアドレスにも送ることのできるEメール通信というのはまだないらしい。最近の機種では、メッセージに静止画や動画などを添付できる、マルチメディア・メッセージ(MMS)に対応していることを売りにしていた。MMS対応で、メガピクセルのカメラ付き携帯というのがアジアでの最先端で、COMMUNIC ASIAの展示でもそれを強調しているものが多かったように思う。

SMSについて面白いと思ったのが、展示会場の外に置いてあったジュースの自動販売機で、そこに書かれている電話番号にショートメッセージを送ると、その自動販売機からジュースを買うことができるようになっている。ジュースの代金は通話料と一緒にあとで課金されるようだ。

Coke vending machine Coke vending machine

送信メッセージを入力したり、電話機の電話帳機能を使ったりする場合、電話機のキーを押すことでテキストの入力・編集をすることになる。つまり、電話機用の入出力インタフェースシステムを開発しているメーカーも当然のことながら存在する。カナダに本社をもち、北米、アジアにオフィスを展開するZi社は、eZiTextと呼ばれるテキスト入力システムを開発し、それを各社のGSM端末にインプリメントしている。GSM端末では文字の入力の仕方が日本と少し異なっている。たとえば、「east」という単語を入力する場合、一文字目の「e」という文字は電話機のキーパッドでいえば「3」キーの上にある。「3」キーの上に載っているアルファベットは「def」なので、「e」と入力するためには、日本の電話機であれば「3」キーを2回押すところだが、GSM端末では1回でよい。どの文字を入力する場合でもキーを押すのは1文字につき1回で、「east」と入力するためには「3278」と押せばよい。そうすると入力システムのほうで、入力された「3278」という数字から対応する文字の組み合わせをみて、そこから意味のある単語を判断しその候補が表示される。もちろん「east」だけではなく「fast」というのも考えられるので、候補は複数になるわけだが、電話機の矢印キーを上下させながら選択し、最後に「OK」キーを押すと入力単語が確定する。長い単語の場合は、最初の数文字を入力すると自動的に入力補完されて候補が表示される。Zi社のeZiTextはノキア、モトローラ、サムソンなど主要な電話機にはほとんど採用されているということである。

携帯電話端末はまだまだ第二世代であるGSMが幅を利かせており、第三世代のCDMA方式に移行するのは当分先のようである。シンガポールではSingTel社が「Be the first to 3G」というスローガンを謳っており、今年中にはCDMAのサービスを開始するということだが、既存のGSMからCDMAに完全に移行するのにはなお数年を要するだろう。COMMUNIC ASIAでもCDMA端末を展示していたメーカーは京セラ、サムスンなど一部の有名企業に限られ、それ以外の小規模メーカー、特に中国のメーカーにいたっては僕の見た限りでは皆無であった。

さてVoIP関係で飯を食っている僕なので、今回のCOMMUNIC ASIAでもVoIP関連の展示に非常に興味を持っていたのだが、残念なことに、VoIP関係の展示をしているのは、Lucent Technologies社やSIEMENS社などわずか数社がPC、PDAなどから利用できるIP電話のアプリケーションのデモをしているにとどまっており、目新しいものは窺い知ることができなかった。

ネットワーク系のIP化、つまり既存のPSTN電話網をIP網にシフトしていくというのは、世界的な流れとして各方面で検討されているのだけれど、アクセス系まで含めてトータルにIP化するソリューションを進行させているのは今のところ日本だけのようである。今後、その形態が世界的に広まるかどうかは未知数だが、少なくとも今の時点では、VoIPに関してはアジア地域では時期尚早というのが見た限りでの印象である。

昼食は展示会場内にカフェテリアがあり、入口で金券を買ってから、中で金券を払うしくみになっていた。現金で直接払わないのは、衛生上の理由なのかもしれない。

シンガポーリアン、チャイニーズ、マレーシア、インドなど各国料理が揃っているところなど、さすがは多国籍国家シンガポールだ。僕はマレーシア料理のカウンターに並び、怪しいカレーのようなものを注文した。そのあとジューススタンドに寄ってスターフルーツの生ジュースを頼んだ。それでも喉が渇くので、最後にコカコーラを注文。これだけできっかりS$10(約700円)。

もちろん展示といっても堅苦しいものばかりではなく、ビンゴゲームや、ダンスショーなどの余興もちゃんとある。下の写真はタイの通信キャリア・TOT社の民族舞踊である。

Dance Performance at Thailand Booth

3時ごろまで展示場を見て回ると、さすがに足が棒のようになってきたので、地下鉄に乗ってホテルまで戻ることにする。

Singapore MRT

地下鉄は紙の切符ではなく、日本のsuicaのようなプラスチック製のICカードをデポジットS$1.00で借り受け、そこに運賃をチャージするしくみになっている(券売機では、デポジットS$1.00+運賃分の料金を払うことになる)。運賃がチャージされたカードを改札機の読み取り部分に「tap(かざす)」して改札を入り、出たところでも同じようにカードをtapして出る。カードは一度使うと再チャージ不可なので、使用後のカードは券売機でデポジットの払い戻しを受けなければならない。

地下鉄の駅はアメリカのように暗くなく、日本と同じ明るさ。車内も清潔だ。ただシートが球場の外野席のような硬いプラスチック製だったのが日本と違うところである。

ホテルに戻り、さて夜はどうしようか、せっかくだからマレーシアの国境近くまで地下鉄かタクシーかバスで行ってそこから歩いて国境越えしてジョホールバルまで行こうか、でも下手に出国してシンガポールに再入国できなくなったりしたらヤバイなーなどと考えつつ悶々としていると、携帯が鳴り、
「事務局の人と一緒に飯食わない?」
という部長さんの有難~いお言葉。もちろん2つ返事でOK。コンチネンタルホテルで部長さんと事務局の女性と3人で和やかにフレンチをいただいてきた。