近江友里恵さんのこと

NHKのアナウンサーの近江友里恵さんのファンです。といっても今年のお正月に実家に帰省していたときにたまたま「ブラタモリ」をTVで見て初めて知ったんですが。「ブラタモリ」自体、桑子真帆アナウンサーがアシスタントをしていた時代に一度見たきりで、それまでほとんど見たことなかったのですが、このときは、昼に「伊勢」「横浜」の回の再放送をやっていて、さらに夜には「鶴瓶の家族に乾杯」とのコラボレーションスペシャルで成田山に行っていた回の放送があって、そこに出ていたアシスタントの近江アナウンサーがなんかいい味を出していて、注目するようになりました。

グーグル先生やウィキペディアによると、近江友里恵さんは2012年にNHKに入局して、朝のニュース番組「おはよう日本」の「まちかど情報室」のコーナーなどに出ているアナウンサーとのこと。私は、朝は十数年来、テレビ東京の「モーニングサテライト」を見ていたので、「まちかど情報室」はたまにしか見ることがなかったのですが、そこで衣装をうしろ前に着て出演する(※)というちょっとドジっ娘ぶりも披露してしまうキャラのようです。「ブラタモリ」でも、ときどき温度計を読み間違えたり、ハブ取り棒でつかまえたハブを入れた箱を素手で閉めようとしてしまうというポンコツっぷりを見せてくれる天然キャラとして人気を博している模様。「私、優柔不断なんで、すぐ迷っちゃう」と公言し、「優柔不断が治りますように」と成田山にお祈りするゆとりキャラで、なんか「守ってあげたい」感を強く感じさせるオーラがただよっているように感じたわけです。なんか、職場の後輩とかにいたらいろいろ教えてあげたくなるような。キラキラしたいわゆる“女子アナ”らしからぬ、おっとりとした雰囲気で、着ているものもけっして派手ではなく流行を追い過ぎず、むしろ中学生のようなちょっとあか抜けない感じさえして、それでいて育ちのよさを感じさせる、すれていないしゃべり方。ひとことでいうと“可愛すぎる”ということでしょうか。

スポーツはあまり得意ではなく、動物もどちらかというと苦手で、けっしてアドリブをきかせて要領よく立ちまわるタイプではないものの、地頭はよく真面目に、堅実に何ごともきっちり取り組む感じ。それでいてちょっと天然というキャラは、なんだか私自身をみているようで、それで親近感をおぼえたのかもしれません。

近江さんはその後、4月からは隔週で「おはよう日本」のキャスターを担当することになり、朝5時から出るようになったので、近江さんの出る週は朝5時起きで「おはよう日本」を見て(出ない週はこれまでどおり「モーサテ」を見てますが)、土曜の夜7時半からは「ブラタモリ」を見るという生活になったんですが、このたびNHK文化センターの企画で、9月30日に名古屋で近江さんのトークライブがあるということを聞きおよび、さっそく申し込んで名古屋まで聴きに行ってきました。

※2016年6月20日の「まちかど情報室」で、衣装の「Backリボンギンガムブラウス」をうしろ前に着て出演してしまい、視聴者から指摘を受けて、NHKの広報とニュースとアナウンス室の偉い人たちが会議の結果、「本人が間違って着てしまいました。これからは正しい方向に着るようにします」という公式文書を出すにいたった事件。

愛知芸術文化センター

本日の催物

名古屋は栄にある、愛知芸術文化センター。NHKの名古屋放送局が隣接し、NTTの局舎も道をへだててむこうにあるという、官公庁の密集した一角にある大きなホールでした。トークライブの会場はそこの12階のアートスペースで、280席ある座席の前に演壇があり、そこでお話をするというスタイルでした。

申し込みのあとに送られてきたハガキに整理番号が書かれていたのですが、定員280人に対し私の番号は253番。かなり締め切りぎりぎりに申し込んだようでした。会場入口の前に番号順に並ばされ、番号の若い順に呼ばれていって順次中に入っていくというシステムでした。参加者は比較的年配の方が中心で、若い人はほとんどいませんでした。会場の外で待っていると、「僕は案内が出た瞬間に申し込みました。『ブラタモリ』は第1回から毎回、ブルーレイディスクに焼いていますよ」という気合いの入った方にいきなり話しかけられました。

会場

私の入る番がきたのはほとんど最後に近いほうで、前からうしろにかけてほとんど席は埋まっていたので、最後列の空いている席を選ぶことにしました(会場内では自由席)。最後列って意外と目立つ場所なので、近江さん注目してくれるかな~とか思ったので。

開演10分ほど前になって、NHK文化センターの名古屋総支社長という方が司会として登壇し、諸注意や文化センターの案内などをひとしきりしたあと、3時きっかりに近江さんが入場してきました。最後列からだとあまり明瞭には見えませんでしたが、ロングヘアをくくらず肩まで伸ばし、前髪も上げず額にかかる形の髪型で、白地に青かなにかの線のパターンが描かれたワンピースを着ていました。TVで見るよりはるかに年頃の娘さんらしく、かわいさとエレガンスをあわせもった雰囲気の清楚なお嬢さんといういでたちでした。

もともと人前で話すのが大嫌いで、人見知りな女の子だった近江さん。子ども時代に経験した新聞社の“子ども記者”活動をつうじて、みんなが知らないことを取材して伝える面白さを知り、中学校で入った放送部で人見知りを克服したそうです。小学6年生のときにはじまったNHKの「プロジェクトX」が好きでよく見ていたこと、幼いころ「おかあさんといっしょ」に出演したり、中学生のころに「ためしてガッテン」のエキストラに出たり、2002年に「鶴瓶の家族に乾杯」をスタジオ観覧したりなど、幼少時からNHKと縁が深かったことなどもあり、地味ながらも心に響くNHKの番組を自分でも作ってみたいと夢見て、高校生の頃にはNHKのアナウンサーを志すようになったとのことでした。

入局してすぐに熊本放送局に配属されたときのういういしいレポーター姿のVTRが紹介されました。新人時代はとても評価が高かったそうで、看板ニュース番組(「おはよう日本」「ニュース7」)のメインキャスターを目指して頑張るように言われて育てられたそうです。本人もニュース畑のつもりでいて、バラエティ路線はまったく考えていなかったとのことでしたが、入局2年目のときにひょんなことから「きん☆すた」という旅番組にガレッジセールとともに出演したとき、フリップを上下逆に出してしまうというオオボケをかましてしまい、当時の「きん☆すた」のプロデューサーがのちに「ブラタモリ」のプロデューサーになったときに、そのときの天然キャラっぷりを覚えていて、桑子アナの後任アシスタントとして選んでくれたのではないか、と語っていました。

そのあと、前出の「おはよう日本」での衣装うしろ前事件や、「ブラタモリ」平泉回での「あご絆創膏事件」にも触れていました。「あご絆創膏事件」とは、「ブラタモリ」収録前の雨の日に転んであごから地面に落ちてしまい、あごを縫うというケガをしてしまって、抜糸もしていない状態でロケ日を迎えたため、やむなくあごに絆創膏を貼って収録にのぞんだというもので、ときどき絆創膏が大うつしになって放映されたためネット上でちょっとした騒ぎになった、というものです。そういえば、テレビ東京の福田“ペクン”典子アナウンサーも同じようなことをやらかしていたと思いますが、福田アナの場合はあごを骨折してボルトまで入れてレクター博士みたいになってました。近江さんの場合はそこまでひどい状態ではなかったようでしたが。

ひとしきり自己紹介をしたあとは、「ブラタモリ」名古屋回の振り返り解説と制作秘話を紹介していました。おもなものをあげると

  • 「ブラタモリ」名古屋回は池田真実さんという若くてかわいい(近江さん談)女性ディレクターが制作した
  • タモリさんはロケバスの右側の運転席後ろに座ることが多いので、右側の車窓に肝心なものが見えないように気を遣った
  • 取材期間は約2ヶ月。毎日のようにその土地をとにかく歩き回り、1日2~3万歩になることもある
  • 案内人は話のうまい人だけでなく、話下手でも味のある人なら選ばれることもあり、とにかくいろんな人に会って迷いながら選ぶ
  • 取材先には「『ブラタモリ』です」というとブログやツイッターに「ブラタモリの取材キタ――(゚∀゚)――!!」とか書かれてネタバレになるので、架空の番組名をデッチ上げて取材にのぞむこともある
  • 行く土地については「名古屋に行きます、以上」のようにしか言われず、それ以上のことはタモリさんと近江さんには知らされない。視聴者目線を維持し、感動を失わないようにするため、ロケ場所についての予習はプロデューサーによって禁止されており、宿泊先の旅館に置いてある観光パンフレットすら事前に回収されて見られないようにされてしまうという徹底ぶり。とはいっても「るるぶ」や「じゃらん」などの一般旅行者が見る観光ガイドのお土産のページ程度は事前に見ていくことも
  • 今回行けなかったとっておきのおすすめスポット:清洲城、断夫山古墳、大須商店街、名古屋城の北側の急な崖など
  • ロゴ、BGMなどはかなりこだわって作られている。テロップのフォントや出すタイミング、「ピョコッ」という音を出すタイミングは、コンマ数秒単位でこだわって調整されている

という感じでした。

また近江さんが心がけている5か条として以下をあげていました。

  1. 自分が最初に感じた気持ちを大切に。岩をさわった感触や、初めてその街に行ったときに感じた気持ちを、素直に言葉にあらわす。
  2. 恥ずかしがらずに質問してみる。「アナウンサーなのにそんなことも知らないなんて、馬鹿なのにアナウンサーやってんの?」などと言われても、恥をしのんできいてみると、おもしろい答えが返ってきたり、理解が深まったりすることがある。ものを知らないことよりも、知ったかぶりをすることが一番恥ずかしい。
  3. すぐに納得しない。「なるほど」という言葉は、そう言ってしまうとそこで話が終わってしまい、案内人がそれ以上出る幕がなくなるので、なるべく使わないようにし、わざと「えっ?ちょっとわかんなかったです」とか振ってみると、さらにおもしろいたとえを使って説明してくれたりして、話がひろがったりする。
  4. アナウンサーっぽく仕切らない。アナウンサーらしくはきはきしゃべるのはやめ、わざと「なんのことですかぁ?」みたいに、ふわ~っと質問してみたりする。「ちゃんとしろ」と批判を受けることもあるが、視聴者に、土曜の夜ぐらいは仕事を忘れてリラックスした気持ちになってほしいから、あえてそういうスタンスにしている。
  5. 本当に面白いときだけ、全力で笑う。今のバラエティー番組のように、おもしろくもないのにわざとらしく笑うとうそっぽくなるので、本当におもしろいときだけ思いっきり笑ったり、本当におどろいたときだけリアクションをする。そうすることでそのシーンが引き立つから。

また、70歳を超える人生の大先輩であるタモリさんと一緒に歩いたことで、いろんな人生哲学を教わることも多いとのことで、次のようなことをタモリさんから教わったとして紹介していました。

  • 変に盛り上げようとしなくていい、桑子アナのようにおもしろくできなくても、自然体で普通にやればいい
  • 何でもヘリが美味しい。城でも寺でもヘリに建っているし、町もヘリで栄えている
  • 地球の歴史は46億年。人間の悩みとか、彼氏に振られたとか、そんなことがあっても、地球からみたらちっぽけなもの
  • 千年前は46億円持っている人にとっての千円のようなもの。46億年のスパンでみれば、千年前などごく最近だ
  • コシのあるうどんはダメ。人間もコシのある人はダメ。困難があっても、ふにゃふにゃと、のらりくらり受け流してればいい
  • しゃぶしゃぶはポン酢とごまだれを混ぜてみると美味しい
  • いろんなことに興味を持ってみると、仕事、プライベート、人生が楽しくなる
  • 面白いものは身近に転がっている

タモリさんはかつて名古屋をネタにして、名古屋人をバカにするという芸を売りにしていた時期があったそうで、名古屋とは因縁があったと言われていたんですが、これについて近江さんは「タモリさんは県民性のお話がお好きなんです。福岡が一番とか、佐賀の奴はダメだとか(笑)、いつもそんな話で飲み会の席で盛り上がるのがお好きでした。だから名古屋も、たまたまクローズアップされてしまっただけで、名古屋だけをことさらにターゲットにしたわけではなく、どの県も平等におもしろがってお話するのがお好きなんだと思いますよ」といって、お話をしめくくってました。

講演を聞いて全体を通して感じたことは、この人やっぱり根は真面目なんだなということ。物腰がやわらかくほんわかして、なにも考えていないようにふるまいながら、番組を少しでも良くしようといろいろと考えて、ポリシーをもって取り組んでいるのだというのが伝わってきました。それでもときどきすべってしまってポンコツなところを見せてくれるそのギャップが、視聴者をひきつけるところなのかもしれません。

さて講演がはじまる前に司会の名古屋総支社長の方と名刺交換したり、会場後方の入口そばに特別席をあてがわれてそこで講演を聴いたりしていた若い男性がいました。はてひょっとして近江さんと何か特別な関係でもある人なのかな…と興味を持って見ていたんですが、近江さんが話し終えたとき、司会の方が「さあここでサプライズゲストをご紹介します」と言ったので、さてはこの男性が前に飛び出してきて近江さんの前にひざまづき「結婚してください!」とかいうサプライズ演出でもあったら脱力するな~と思ったりしたんですが、出てきたのは「ブラタモリ」名古屋回で案内人を務めた名古屋市教育委員会文化財保護室学芸員の木村有作さんでした。近江さん、久しぶりの再会に感激して木村さんに握手しようと手をのばしていましたが、気づかれずスルーされていました。

ここからは司会と近江さんと木村さんとの対談モードになりました。名古屋回では碁盤割りの街を近江さんやタモリさんと歩数を数えながら案内していた木村さんでしたが、この日は息子さんの運動会から急いでこの講演会場に来たそうで、歩幅60センチのところを70センチにして歩いてきたと言っていました。「あのとき近江さんに歩幅で負けたのが悔しくて」と笑う木村さん、今ではNHK文化センター名古屋で「『ブラタモリ』で歩く名古屋」という講座を担当されているとのこと。受講者と「ブラタモリ」名古屋回で歩いたルートを一緒に歩くという講座なんだそうですが、「あのときは街の真ん中を歩いたんですが、私じつはタモリさんと同じくヘリが好きなもんですから、残りの回の講座では名古屋のヘリも歩いてみたい。そのときはぜひご一緒に」と誘っていました。

質疑応答のパートがあったので手を挙げてみたらあててくれたので、「この先どういう方向性で進んでいきたいですか?」と質問してみました。近江さん、ちょっと困ったような顔をして「上司によくそれ言われるんですけど(笑)悩ましいところです。どうしていったらいいんでしょうか…」と。ちょっと質問がつまんなかったかな。「休みの日は何してるんですか」とか、趣味のこととか聞けばよかったかも。でも、「どういう方向が私に向いているのかとかそういうものは、視聴者の方や、番組制作の偉い人が決めることなので、とにかく私は、バラエティとニュース、どちらもまだまだ未熟なので、両方とも全力で、チャンスをあたえてもらったものをとにかくいまは頑張って、これからもアナウンサー人生は長いので、ゆっくりいろんな仕事を頑張りたい」と答えていただきました。近江さんらしい、謙虚で頑張り屋な一面をのぞかせる決意表明だと感じました。

「ブラタモリ」という、なかなかほかに類をみない神番組をひきあて、全国区のアナウンサーとしての人気を爆発的に得たばかりか、タモリさんの影響を多分に受けて人間としての成長の場も存分にあたえられた近江さんは、同時代の女性アナウンサーとくらべても、とても恵まれた、ラッキーな方なのだと思います。近江さんのもともと持っている人となりが、そういう運をひきよせているのかもしれません。

また近江さんのもうひとつ特筆すべきところは、その極上のナレーションです。日曜日の朝7時45分からの「さわやか自然百景」でときどきナレーションをしているのですが、その近江さんの声が優しく、すみきっていてとても心地よく、休日の朝の一服の清涼剤のようにうっとりと癒されるひとときを感じるのです。美声は女性アナウンサーの命。近江さんは、ほかの多くのアナウンサーが真似しようとしてもできない、たぐいまれな声質に恵まれているのではないかと思います。ナレーションのスキルも、たいていの女性アナウンサーには勝っているのではないでしょうか。少なくとも声だけは、ほかのだれにもひけをとっていないと断言できます。

4月に「おはよう日本」のニュースキャスターになってからの近江さんは、さらに磨きがかかり大人っぽく、女性っぽい色香がにじみ出るようになってきたように見受けられます。きりっとした日、さわやかな日、かわいらしい日と、日によっていろいろな雰囲気の近江さんは、端整な笑顔を浮かべ、はきはきとした口調で、もうすっかり平日の朝のマドンナとなっていて、出勤前のサラリーマンのおじさんたちを元気づける存在として活躍しています。このまま順調に伸びていけば、たぶん5年以内には「ニュース7」の平日か土日のどちらかで見かけることになるだろうと直感的に感じました。

名古屋駅中央線ホームのきしめん

名古屋駅の在来線(中央線)7、8番ホーム上にあるきしめん屋さん。講演のときに近江さんが「名古屋のきしめん、まだ私食べたことがないので、帰りに食べて帰りたい」と話したところ、聴衆から声があがり、中央線ホームのきしめん屋がおいしいと言っていて、近江さんがそれにこたえる形で「中央線ホームですね。覚えて帰ります」と言っていたので、帰りにそこできしめんを食べながら張ってみましたが、近江さん来ませんでしたね。そりゃあんな状況でみんなの前で場所まで特定されちゃ来れるわけないわな。

閑話休題。今をさかのぼること30年前、「ニュースセンター9時」に木村太郎さんと出ていたニュースキャスターの宮崎緑さんにはまっていたことがありました。当時、リアル中二病だった私は、宮崎さんの美しさ、知性、清涼感にすっかり魅惑されてしまい、「ニュースセンター9時」で画面が宮崎さんに切り替わると居住まいを正し、正座をしてニュースを聴いていました。当時の宮崎緑さんは29歳。今の近江さんと同じ歳でした。近江さんもラジオニュースを読むことがありますが、声だけ聴いているとどことなく当時の宮崎緑さんに似ているような気も。ちなみに宮崎緑さんは私の15歳年上、近江さんは15歳年下です。

Pocket
Bookmark this on Delicious
LINEで送る

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *