軍都の戦跡をめぐる

ハワイは太平洋の交通の要衝でもあり、軍事的にも非常に重要な拠点とされているようで、アメリカでは早くからその重要性に気付いて、軍事施設を島内のあちこちに建設してきました。

US Army Museum

ワイキキにUS Army Museumというところがあったので、見に行ってきました。入場無料。


US Army Museum

入口を入ると、かなり年配の受付の女性がいて、訪問者の記帳を求められるので、記帳すると、案内図の描かれた1枚の紙を渡され、順路の説明を受けた後、中に入っていきます。入るところにアクリル製のdonation boxがあり、中にドル紙幣がけっこういっぱい入っていたので、私も1ドル紙幣を入れてあげました。入場無料とはいえ、施設を維持運営するためにはお金が必要だし、寄付するのがマナーなんでしょう。

US Army Museum

ハワイ王国の兵隊・武器の歴史に始まり、アメリカが入り込んでからの軍都としての発展、そして第二次大戦時のハワイ日系人部隊の活躍、ハワイ生まれの日系人初めての陸軍参謀総長エリック新関氏の足跡に至るまで、時系列に順を追って展示されてました。上の写真はハワイに建設された砲台の上の大砲に入れる砲弾を製造している現場の復元模型です。

二階に上がると、これまでに勲章をもらった人たちを顕彰する「ヒーローたちのギャラリー」という部屋がありました。こうやって、国のためにサービスしている人を尊敬する風土があるというのは非常にうらやましい限りです。日本じゃ考えられないことですね。

US Army Museum

さて、ハワイということで、当然「真珠湾攻撃」の部分についてはかなり気合を入れて展示されていました。真珠湾攻撃でアメリカが非常にダメージを受けたこと、一時は南太平洋のほとんどの地域が日本に占領されかかったところ、ミッドウェーの"奇跡"によって連合軍が盛り返せたことなどが繰り返し説明されていました。

真珠湾ということで、実際に真珠湾にも訪れてみました。

真珠湾は今でも海軍の敷地で、その中に「アリゾナ記念館」「太平洋航空博物館」「潜水艦ボウフィン博物館」「戦艦ミズーリ」が開放されています。軍施設ということで、入口はけっこうチェックが厳しく、カバンの類は一切持ち込み禁止になっていました(離れの小屋で3ドルで預かってもらえます)。

アリゾナ記念館は、真珠湾攻撃で撃沈された戦艦アリゾナが、当時沈められたそのままの形で保存され、その上に逆アーチ形の記念館が建てられています。当然、中にいた乗組員もそのままの状態でそこに眠っています。

受付で整理券をもらい、指定された時間にシアターの前に並ぶように言われます。だいたい2時間ぐらい先なので、それまでの間、そばの展示室で時間をつぶす形になります。

トランシーバーのような受信機にヘッドホンがついたものを5ドルで貸し出してくれます。それを耳にあて、展示物の前に書かれた番号をその受信機に入力すると、音声ガイドが聞こえてくるようになっています。日本語版をはじめ、各国の言語のバージョンの音声ガイドがあり、日本語でも十分に堪能できるようになっています。世界中の人たちに真珠湾攻撃の悲惨さを訴えかけようとしているのでしょう。ドイツ人や、中国人の人などもいっぱい来ていました。深圳からスタディーツアーで来ていた中学生ぐらいの男女の一団もいました。

時間が来ると、シアターに呼ばれ、中で真珠湾攻撃についての映写を見せられたあと、船着場に泊まっている小型の船(海軍の所有・運行だそうです)に乗せられてアリゾナ記念館に向かいます。

Visitor Center of USS Arizona Memorial USS Arizona Memorial Hall USS Arizona Memorial Hall

記念館は逆アーチ型をしており、現存している戦艦アリゾナをまたぐ形で建てられています。中はガラス張りではなく吹きっさらしで、波間に浮き沈みする戦艦の残骸と同じ空気を共有する形になります。

USS Arizona sunk under sea

記念館の中にぽっかりと穴が開いていて、その下に沈んでいる戦艦が見えます。

Altar with a plate of victims' names

記念館内に祭壇のようなものがあり、そこに真珠湾攻撃で亡くなった人の名前が書かれています。

USS Arizona

戦艦からは今でも油が1日約1クォートずつ漏れ出しているそうで、海面に少し油が浮いています。これを取り除くことは、中で戦死していった乗組員に対する冒涜にあたるということでそうしないとのことです。

US Submarine Bowfin

次に、ボウフィン博物館です。これはアメリカの潜水艦ボウフィン号にちなんだもので、アメリカの潜水艦の歴史について時系列に並べられています。アメリカでは潜水艦の部隊というのは軍隊の中でも特に尊敬を受ける存在なのだそうで、ブッシュ元大統領(今の大統領の父上のほう)も、第二次大戦でパイロットをしていたところを日本軍に撃墜され、海に落ちたところを潜水艦の乗組員に助けられたエピソードも解説されていました。

Kazuo Sakamaki's parade clothes

真珠湾攻撃の際、人間魚雷「回天」に乗り込み戦艦アリゾナに特攻を仕掛けながら失敗し、捕虜となった酒巻和男少尉の軍装も展示されていました。

US Battleship Missouri US Battleship Missouri

最後に戦艦ミズーリです。この艦は終戦時、日本との降伏文書調印の舞台となったところで、つい最近まで海軍で使われていたものを、退役後博物館として中を開放しているものです。

中に入ると、艦長から二等水兵に至るまで、それぞれが使っていた部屋や、食堂、レクリエーションルームなどが保存されています。

Mess deck

これは、メスデッキ(食堂室)です。今でも実際にスナック類やジュースが売られていて、ここで食べることができます。

ツアールートに従って艦内のあらゆる場所を上から下までめぐり、ルートの最後にたどり着くのが、ここです。

Surrender deck

昭和20年9月2日、重光葵外相と梅津美治郎大将が「降伏文書」に調印した場所です。

Instrument of Surrender

そのとき調印した「降伏文書(Instrument of Surrender)」の原本がガラスケースに展示されていました。

真珠湾にある一連の展示は、もちろんアメリカ人が多く亡くなった悲惨さを訴えかけるものではあったものの、見た人がどう感じるかはあくまでその人個々の感じ方にゆだねる形にしており、「卑怯なジャップが一方的に奇襲した」という図式を押し付ける形ではなかったのが好感が持てました。亡くなった人々を素直に追悼し、軍について、平和についていろいろと考えされられただけでも、ここに来た価値があるというものです。

Army Museumに来ていた日本人の年配の男性が、家族を前に「日本は満州国の建設までで止めとけばよかったのに、東條英機とかが欲張って中国本土にまで手を拡げようとしたばっかりに、アメリカの怒りを買って、最後はもともと持っていた南樺太から朝鮮から台湾まで全部取られてしまった……」とつぶやいていたのが印象に残りました。歴史にifは禁物ですが、もし日本が当時もっと慎ましやかであったなら、もうちょっと広い領土で、北方領土問題などもなく、豊かな資源に恵まれて幸せな生活ができていたのではと思ったりもします。

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