ノーブレス・オブリージュ

「ノーブレス・オブリージュ」とは、平たく言えば、特権階級にある人は応分の義務を負う、という意味である。欧米ではこのような思想があり、富を持つ人や、上流階級、エリートの地位にいる人は、公のために身を捧げる責務を持つという考え方が社会の基底にある。
そのため、王族などに属する人間は、ある年齢になると軍に入って国家に奉仕することになっている国が多いし、富をなした実業家はその富を慈善事業や公共の福祉のために寄付するというのが慣習である。有名なところでは、ダイナマイトの発明で巨万の富を得たスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺産から創設されたノーベル賞があるし、米国の石油王ジョン・D・ロックフェラーはその私財でシカゴ大学を設立し医学の発展に貢献した。同じく米国の鋼鉄王アンドリュー・カーネギーは、ニューヨークにカーネギー・ホールを設立し、文化の振興に尽くしたほか、慈善家としてもその名を知られている。IT業界を見ても、マイクロソフト社のCEOビル・ゲイツが、難病撲滅のために資産約1000億ドルを寄付している。
翻って、日本の実業家のうちのどれほどの人が、その資産を公に投じているだろうか。ことに六本木ヒルズに集う”IT長者”で、私財を寄付しているといった例は寡聞にして知らない。
日本ではここのところ欧米型の社会システムを取り入れ、いわゆる”勝ち組”と”負け組”の格差社会をめざしているにもかかわらず、もう一つの肝心なこの「ノーブレス・オブリージュ」の思想を取り入れなかった。
いきおい、「カネを多く持っている者が偉い」という考え方になる。
「金で人の心が買える」「金さえあれば女も買える」「金があれば死なないこともできる」等と繰り返し著書で述べ、一躍時代の寵児となったライブドアの社長・堀江貴文容疑者。ドラえもんのような体形から、いつしか「ホリエモン」と呼ばれるようになった彼を、世のマスコミや政治家は成功者のシンボルとして祭り上げ、若い世代は彼に共鳴した。彼のこの考え方に否定的な勢力に対しては、こうした取り巻きたちは「旧体質」「ホリエモンのように稼いでから言ってみろ」と言って、彼らの反論を封じた。ホリエモン信者たちは、金を稼ぐが勝ちとばかりに株取引を始め、デイトレードで儲けては得意になった。「金ですべては買えないが、金があればたいがいのことはできる」などとうそぶき、コツコツと地道に生きている人を「要領が悪い」「不器用な生き方」と捉える風潮が、だんだん広がった。
その堀江容疑者らが今日、東京地検特捜部に逮捕された。直接の逮捕容疑は偽計取引と風説の流布による証券取引法違反だが、それ以外にもライブドアの粉飾決算の疑惑がかけられている。これまで派手なM&Aを繰り返して成長し、成功を繰り返して大金持ちとなった堀江容疑者。特権だけを享受し、その特権に相応した義務があることを忘れてしまった金持ちは、「金さえあれば何をしてもいい」「不正をしても許される」という思い上がりによって、思わぬところでつい一線を越え、転落してしまった。
どんなに要領よく立ち回ったとしても、悪事を働く者に対しては、天網恢恢疎にして漏らさず。「ノーブレス・オブリージュ」を置き忘れた”勝ち組”の末路は、あまりにも哀れだった。