愛の流刑地

「ようやく終わってくれたか」というのが、多くの読者の偽らざる気持ちではないか。日本経済新聞の朝刊に一昨年11月から連載され、賛否否否否否両論を巻き起こして話題となった、渡辺淳一「愛の流刑地」が、今日の分をもって終了した。
「冬のソナタ」などに代表されるような精神的なつながりを中心とした「純愛ブーム」がもてはやされてきた昨今にあって、「愛の流刑地」は肉体関係を主体としたエロス中心の”純愛”のあり方を提起し、”純愛”のきわみのエクスタシーの頂点に昇りつめて感じた人と、いまだ知らぬ人との戦いはいずれが勝つのか、読者はいずれに軍配をあげるのか、を読者に考えさせる内容であるとの触れ込みだ。

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不思議な呪文

「呪文唱えると居着いた」謎の集団生活、男性が認める
 東京都の多摩地区に居住する男性(57)が、若い女性と結婚・離婚を繰り返しながら不自然な集団生活をしている問題で、男性は25日、集団生活の場となっている民家で報道陣の取材に応じ、「12人で生活している。男は私だけだ」などと話し、女性らとの同居の事実を認めた。
 男性は占いをしていたといい、「占いの女性客たちに呪文(じゅもん)を唱えると、女性たちが居着くようになった」などと、集団生活を始めた経緯を説明した。
 男性によると、この民家では現在、20歳代などの女性10人と女児1人とともに暮らしているという。2000年4月から民家で占いを始めたといい、男性は「そのころから女性客などに、夢で見た『もてる呪文』を唱えると、女性たちが自宅に居着くようになった」と話した。(以下略)
                        (読売新聞) – 1月25日14時41分更新

10人も女性が寄り付いてくる「呪文」、ぜひ教えてほしい(汗)。

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ノーブレス・オブリージュ

「ノーブレス・オブリージュ」とは、平たく言えば、特権階級にある人は応分の義務を負う、という意味である。欧米ではこのような思想があり、富を持つ人や、上流階級、エリートの地位にいる人は、公のために身を捧げる責務を持つという考え方が社会の基底にある。
そのため、王族などに属する人間は、ある年齢になると軍に入って国家に奉仕することになっている国が多いし、富をなした実業家はその富を慈善事業や公共の福祉のために寄付するというのが慣習である。有名なところでは、ダイナマイトの発明で巨万の富を得たスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺産から創設されたノーベル賞があるし、米国の石油王ジョン・D・ロックフェラーはその私財でシカゴ大学を設立し医学の発展に貢献した。同じく米国の鋼鉄王アンドリュー・カーネギーは、ニューヨークにカーネギー・ホールを設立し、文化の振興に尽くしたほか、慈善家としてもその名を知られている。IT業界を見ても、マイクロソフト社のCEOビル・ゲイツが、難病撲滅のために資産約1000億ドルを寄付している。
翻って、日本の実業家のうちのどれほどの人が、その資産を公に投じているだろうか。ことに六本木ヒルズに集う”IT長者”で、私財を寄付しているといった例は寡聞にして知らない。
日本ではここのところ欧米型の社会システムを取り入れ、いわゆる”勝ち組”と”負け組”の格差社会をめざしているにもかかわらず、もう一つの肝心なこの「ノーブレス・オブリージュ」の思想を取り入れなかった。
いきおい、「カネを多く持っている者が偉い」という考え方になる。
「金で人の心が買える」「金さえあれば女も買える」「金があれば死なないこともできる」等と繰り返し著書で述べ、一躍時代の寵児となったライブドアの社長・堀江貴文容疑者。ドラえもんのような体形から、いつしか「ホリエモン」と呼ばれるようになった彼を、世のマスコミや政治家は成功者のシンボルとして祭り上げ、若い世代は彼に共鳴した。彼のこの考え方に否定的な勢力に対しては、こうした取り巻きたちは「旧体質」「ホリエモンのように稼いでから言ってみろ」と言って、彼らの反論を封じた。ホリエモン信者たちは、金を稼ぐが勝ちとばかりに株取引を始め、デイトレードで儲けては得意になった。「金ですべては買えないが、金があればたいがいのことはできる」などとうそぶき、コツコツと地道に生きている人を「要領が悪い」「不器用な生き方」と捉える風潮が、だんだん広がった。
その堀江容疑者らが今日、東京地検特捜部に逮捕された。直接の逮捕容疑は偽計取引と風説の流布による証券取引法違反だが、それ以外にもライブドアの粉飾決算の疑惑がかけられている。これまで派手なM&Aを繰り返して成長し、成功を繰り返して大金持ちとなった堀江容疑者。特権だけを享受し、その特権に相応した義務があることを忘れてしまった金持ちは、「金さえあれば何をしてもいい」「不正をしても許される」という思い上がりによって、思わぬところでつい一線を越え、転落してしまった。
どんなに要領よく立ち回ったとしても、悪事を働く者に対しては、天網恢恢疎にして漏らさず。「ノーブレス・オブリージュ」を置き忘れた”勝ち組”の末路は、あまりにも哀れだった。

想定の範囲内?

Japanese ways of saying all kinds of things during the war, not only about the necessity of hierarchy and the supremacy of spirit, were revealing to a student of comparative cultures. They talked constantly about security and morale being only a matter of being forewarned. No matter what the catastrophe, whether it was civilian bombing or defeat at Saipan or their failure to defend the Philippines, the Japanese line to their people was that this was foreknown and that there was therefore nothing to worry about. The radio went to great lengths, obviously counting on the reassurance it gave to the Japanese people to be told that they were living still in a thoroughly known world. ‘The American occupation of Kiska brings Japan within the radius of American bombers. But we were well aware of this contingency and have made the necessity preparations.’ ‘The enemy doubtless will make an offensive against us by combined land, sea and air operations, but this has been taken account of by us in our plans.’ Prisoners of war, even those who hoped for Japan’s early defeat in a hopeless war, were sure that bombing would not weaken Japanese on the home front ‘because they were forewarned.’ When Americans began bombing Japanese cities, the vice-president of the Aviation Manufacturer’s Association broadcast: ‘Enemy planes finally have come over our very heads. However, we who are engaged in the aircraft production industry and who had always expected this to happen had made complete preparations to cope with this. Therefore, there is nothing to worry about.’ Only granted all was foreknown, all was fully planned, could the Japanese go on to make the claim so necessary to them that everything had been actively willed by themselves alone; nobody had put anything over on them. (中略)
American went as far in the opposite direction as the Japanese in theirs. Americans threw themselves into the war effort because this fight had been forced upon us. We had been attacked, therefore let the enemy beware. No spokesman, planning how he could reassure the rank and file of Americans, said of Pearl Harbor or of Bataan, ‘These were fully taken account of by us in our plans.’ Our officials said instead, ‘The enemy asked for it. We will show them what we can do.’

昨日のセンター試験の英語の長文問題ではない。これは、米国の文化人類学者、Ruth Benedict女史の有名な著書、「The Chrysanthemum and the Sword(邦題:菊と刀)」の中の一節である。この本は、第二次大戦中、米国が敵である日本について研究するために、国策によって彼女に出させた「日本人論」で、どうすれば日本を効率よく負かすことができるのかという観点で、自分たちとだいぶ異なった考え方をもつ日本人について、詳細に分析されたものである。
これによると、日本人は、”あらかじめ警告されたこと”にのみ、秩序やモラルを維持することができるという。つまり、どんな悲惨なことが起こったとしても、それが”事前にわかっていること”であれば、心配するには及ばないと考えるのだ。だから、米軍機が攻めてこようとも、街が空襲に遭おうとも、ラジオは「これらの事態はすべて我々の計画の中に考慮されていたことで、それに対する必要な準備は既にできている。だから、心配することはない」と報じて、庶民を安心させたのである。いきなり敵に攻撃を受けたときに、「我々は図らずも敵にやられた。だから仕返しをして、奴らに目にもの見せてやるのだ」と考える習慣の米国人に対して、「攻められたのは想定の範囲内だ」と言って安心する日本人の考え方の違いを指摘したものである。
最近話題になっている「想定内」とか「想定の範囲内」という言葉は、実は昔から日本人の好きな発想として60年以上も前に米国人にも知られていたのである。
昨年、「ホリエモン」ことライブドアの堀江貴文社長がこれらのフレーズを発したとき、僕はすぐにこの「菊と刀」を思い出した。その堀江社長率いるライブドアグループが、このほど東京地検特捜部に強制捜査を受けた。容疑は、「風説の流布」という証券取引法違反だが、さらに粉飾決算の疑惑がかかっているという。
堀江社長はさっそく翌日に記者会見を開き、ライブドアの業務は通常通り行うと述べて周囲の沈静化を図ったはずだったが、この事態を”想定の範囲外”と自ら言ったことで、投資家は安心できなかったようだ。さっそくこの日からおびただしい売り注文が入り、東証のシステムが停止するまでに至ってしまった。
東証パニック自体はライブドアだけの責任とは言えないものの、投資家の信頼を失ったという点で、彼らの責任は非常に重いのは言うまでもない。
堀江社長は、著書などの中で繰り返し「稼ぐが勝ち」と訴え、金儲けに奔走してきた。「人の心は金で買える」「金さえあれば女も芋づる式に釣れる」等とうそぶき、”IT時代の寵児”とまで持ち上げられた堀江社長。彼らの心におごりはなかったのか。
今回の事件自体はその筋にとっては薄々感づいていたようで、その意味では”想定の範囲内”だったという説もあるようだが、特捜部が捜査しているというところに着目すると、これから政治家のほうで2~3人あたり”想定外”の事態になってしまうかも。今後の捜査の行方に注目したい。

中国のテレビを視る

たまに整体に通ったりすることがあるのだが、そこの中国人の先生が、自分の机のパソコンをのぞきながら中国語の音声を聞いていたので、「インターネットで中国のサイトでも見てるのですか?」と訊いてみると、「これはね、中国のテレビなんだよ」と言いながら、インストールされていた中国TV視聴ソフトについて解説してくれた。
PPLive」という中国のソフトで、P2P動画配信を利用して、中国各地でいま現在放映されているテレビ番組を生でPC画面で見ることができるものなのだそうだ。
PPliveのサイトに行けば無料でダウンロードすることができる。中国語のページなのでやや戸惑うが、「下載」という言葉をたどっていけばよい。ただ、インストールするときに、ダイアログ画面やメニュー画面がすべて中国語になるので、日本語環境のPCでそのまま使おうとすると、文字化けして大変なことになる。日本語のPCを使っている人は、次の方法で中国語を表示させよう(Windows XPユーザーの場合)。
[スタート]-[コントロールパネル]でコントロール画面を出し、「日付、時刻、地域と言語のオプション」を選択する。「作業を選びます」の下の「他の言語を追加する」を選ぶ。
「地域と言語のオプション」ダイヤログボックスが現れるので、そこの「詳細設定」タブをクリックし、「Unicode対応でないプログラムの言語」ドロップダウンリストを「日本語」ではなく「中国語(中国)」を選び、「OK」を押してPCの指示に従って再起動する。
(PCを日本語環境メインで使う場合は、インストール終了したら、ここをまた「日本語」に戻しておこう)
再起動後、インストールアイコンを起動すれば、ダイアログに中国語文字が表示されるはずである。
インストール終了し、デスクトップに表示された「PPLive 网络电视」というアイコンをダブルクリックすると、起動する。右上のメニューを選択すると、中国全土各地の放送局(香港の本港台などもある)が表示され、見たい放送局を選ぶと、そこに接続して、視聴することができるようになる。もちろん、すべて無料だ。
PPLive
これは湖南省の放送局らしい。何言ってるかさっぱりわからんけど、雰囲気だけでも味わえて良いかも。局によっては画像がスムーズに表示されなかったりもするが、リアルタイムで現地の放送局の内容が見られるのは画期的だ(P2P配信だから実際には数分ぐらい誤差があるかもしれないが)。特に国外に住む中国人には嬉しいサービスではないだろうか。日本のTVも同じように見られるサービスがあればいいと思うけど、まあ権利関係がうるさそうだし、無理だろうな。少しぐらい有料でもいいから、こういうサービスをやってくれるところはないものか。
まだメニュー表示が怪しいので、いろいろ試行錯誤しながらいじってみることにしたい。

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パソコンでTV

今年はマイPCをマルチメディア化(死語)しようと思って、TVキャプチャーボードを買ってきた。ELSA JapanのELSA EX-VISION 1700TV PCIで、ソフマップで約19000円。これをデスクトップPCに取り付け、テレビの配線をいじくりまわしてここに接続、晴れてTV on ディスプレイ環境(造語)が実現した。
僕が初めてパソコンを使い始めたのは小学生のときだったのだが、その頃、パソコン画面でTVが映り、データレコーダー(カセットテープを使ってファイルの読み書きするやつね)でビデオのように録画ができればどんなにいいだろうと夢見ていたのを思い出す。それから20年以上して、やっとそれが現実になったのである。
付属のInfo TVというソフトでTV視聴と録画予約ができる。ADAMSのEPS+というシステムでオンラインでTV番組表がダウンロードされ、そこから録画予約ができる。またキーワードを入れ、ヒットする関連番組を一気に録画してしまうということも可能のようだ。今日びのHDDレコーダーでもそのぐらいのことはできるようだが、やはり拡張性のあるPC上で実現できれば、それにこしたことはない。
録画はDivXやMPEG-4といった高圧縮のフォーマットもサポートしているが、やはりDivXやMPEG-4では画質の乱れは否めないようで、なんとか見るに耐えるのはせいぜいMPEG-2が限界かな。
録画した番組やその他動画ファイルは別の付属ソフトでDVD-Rに書き出すことが可能。これでお宝動画(謎)をDVD-Rに保存しておき、DVDプレーヤーで再生することができる。
オリンピックやワールドカップも近いことだし、これでいっぱい録りまくることにしよう。その前にHDDを増設せねば……ああまたお金が飛んでしまふ(´ー`)

新選組!! 土方歳三 最期の一日

2004年のNHK大河ドラマ「新選組!!」の続編「新選組!! 土方歳三 最期の一日」が正月時代劇ということでこの年明けに放映されたので、ビデオに録画しておいた。大河ドラマの最終回で近藤勇が処刑されたあと、会津、箱館と転戦して最後の五稜郭での戦争における土方歳三とその周辺を描いた、本当の意味での”完結編”となっている。ちなみに大河ドラマの続編はこれが初めてとのこと。
会津以降、土方歳三のエピソードはいっぱいなのだそうだが、ドラマ枠が1時間30分しかないということで、そのあたりのエピソードはばっさり省いて、五稜郭での最後の一日に絞ってドラマは展開していく。
蝦夷共和国で陸軍奉行並として新政府軍と戦う土方歳三は、いよいよ新政府軍の総攻撃が翌日に控えていることを知る。決戦を前に死を覚悟した土方は、部下の島田魁らに函館の警護を命じ、側にいた市村鉄之助を呼んで、新選組時代の思い出のつまった自分の遺品を生まれ故郷の多摩へ送るよう伝える。そして五稜郭へ戻る途上、総裁の榎本武揚が新政府軍に降伏することを決めたことを伝えられる。戦わずして降伏することに反対した土方は、五稜郭の榎本の部屋へ押し入り、彼に直談判する……。
ドラマの大半は土方と榎本の二人のシーンに割かれており、その丁々発止のやり合いは迫力満点。三谷幸喜脚本だけあって、狭い舞台でセリフだけで場を展開させることにかけては一級。「ラスト・サムライ」のようにド派手な合戦シーンにお金をかけられないだけに、このような細かいところでの緻密な作りがものをいう。
初めは榎本を斬ると息巻いていた土方は榎本の”新しい国造り”の構想を聞いて感服し、その新しい国を作るために戦おうと提案、榎本も納得する。和解した二人は、陸軍奉行の大鳥圭介を交え、翌日の決戦のための軍議を始める。
ついに決戦の日。土方は奇策を練って敵の裏をかこうと出陣するが、敵はさらに裏をかいていた。前夜のうちに函館山を占拠していた新政府軍は、函館市街に奇襲をかけ、そこを守っていた島田らを敗走させる。計算の狂った土方は五稜郭へ戻り、榎本と最後の挨拶をしてから、最期の地となる一本木へ向かう……。
最後は土方の死で終わるのだが、正月ドラマらしく、明るい希望をもたせる終わり方になっている。土方の遺志を、残された島田らや、遺品を持って多摩へ走る市村へ託して……。そして、「新選組!!」は、これで名実ともに完結したのである。

関連サイト

NHK公式ホームページ
Shinsengumi Express!!快速!新選組!!サイト!!!