シンガポール訪問記1

会社の研修という名目で、シンガポールに3泊4日の出張に行ってきた。シンガポールで開かれる「COMMUNIC ASIA 2004」という展示会を視察するというのがその目的である。この展示会はIT関係ではアジア最大のものとして1979年から毎年ここシンガポールで開催されているもので、昨年はSARSの影響で中止となったため今年は実に2年ぶりの開催とのことである。
ここで、シンガポールという国について簡単に紹介しておかなければならない。シンガポールは、マレー半島の先端部分に位置する島国で、わずかに東京23区程度の広さのところに約300万人が住んでいる。良質な港をもち、位置的にも東アジアとインド洋とのトランジットポイントという特性から、戦略的に重要な拠点として昔から注目されており、第二次大戦中は日本に占領されていた時期もある。
戦後はマレーシア連邦の一部となったが、1965年に独立してシンガポール共和国となった。独立国としての歴史はわずか40年足らずのまだ若い都市国家で、天然資源が全く無く、農産物の輸入率100%であることに加え、水までマレーシアから輸入しているありさまの、そんなシンガポールが国として生きていくためには、周辺諸国との通商、交易によるしかない。
また人口構成も華人(中国系)、マレー系、インド系など4人種の混成だったのだが、独立当初は各人種内で人間関係が完結しており、人種間の意思疎通に支障を来たしていた。そこでシンガポール政府は公用語を英語と決め、政府主導で時には厳しい罰則も含む強権を発動しながら、いろいろと実験的、戦略的な試みを取り入れて、国をまとめてきた。
そのおかげで、シンガポールはアジアの玄関口として世界中の人々との港湾貿易を中心に栄え、今では多くのハイテク企業が軒を連ね、アジアの金融、商品流通センターとして東京さえも凌駕するといわれるほどになっている。
集合は成田空港の北ウイングに朝9時ということなので、当日家を出ようとするとどう遅く見積もっても朝の6時ぐらいには家を出なければならない。ということは朝5時起きぐらいを余儀なくされるわけで、そんな苦行には到底耐えられそうもない。それに、成田に向かっている途中で電車が止まっちゃったり車が事故起こしたりしたら洒落にならないので、前日のうちにクルマで成田入りすることにした。
前日に成田の航空科学博物館など見学して頭を航空モード!に切り替えてから、ホテルで英気を養う。そのホテルも、一泊5000円弱で、14日間まではクルマをタダで停めておける。宿泊なしでクルマだけ近所の駐車場に置いたとしてもそのぐらいの値段するわけだから、この前日泊というアイディアはなかなかうまい手なんじゃないだろうか(ただし家族連れだと高くつくのだが)。
当日、空港でGSMの携帯電話をレンタルする。僕はFOMAの携帯電話ユーザーで、ドコモのWORLD WINGに入っているから、FOMA端末のSIMカードをレンタルしてきたGSM端末に差し替えると、シンガポールでそのGSM端末を使って電話をかけることができる。
集合場所は空港の団体待合室。ちょっと日本風味の部屋の中に、研修参加者29人と、旅行会社の男性、研修事務局の女性がいる。ひとしきり説明を受けたあと、旅行会社の男性を残して他の僕たち一行は出国手続きに向かう。
飛行機はシンガポール航空。「シンガポール・ガール」という独特のデザインのスチュワーデスの制服で有名である。国内の航空会社は既に「スチュワーデス」という呼称をやめ、「CA」とか「フライトアテンダント」などと言い換えているが、ここはまだ「スチュワーデス」と呼んでいる。その代わり、「スチュワード」という男性客室乗務員もほぼ同数そろえていた。だいたいシンガポーリアンが中心なのだが、日本人のスチュワーデスも2~3人用意されていた。
1130NRT-1725SIN
飛行時間は7時間ぐらい。長すぎず短すぎず、「旅をした~っ!」という実感が沸く程度の時間である。機内食は日本の洋食テイスト。シンガポール風を期待した僕はちょっと拍子抜け。カクテルはシンガポール・スリングをオーダーした。
それにしても、ここのスチュワーデスはサービスするときにもニコリともしないね。日本人スチュワーデスといえども例外じゃない。おまけにカートは座席にガンガンぶつけてくるわ、呼び止めても「ちょっとお待ちください!」と言ったきりプイッとどっかに行っちゃってなかなか来ないわ、まあ全日空みたいなサービスはもとより期待してなかったとはいっても、これはちょっとひどいなあ……。シンガポール航空はスッチーの制服以外にいいとこなしだった。
そうこうしているうちに、マレーシアの上空に到達。上空から見るマレーシアの畑。日本の段々畑とも違った独特の模様を描いていた。それから15分ぐらいすると、シンガポールのチャンギ空港に到着した。現地の気温は32度。降りると、7月の大阪のような蒸し暑さだった。
外国に降り立つと、街の”匂い”が日本にいるときと違うのに気づく。外国人が日本に入ると、「味噌の匂いがする」と言うらしい。以前アメリカに行ったときは、シナモンの香りが漂ったものだ。シンガポールの匂いは、日本のものともアメリカのものとも違う、独特の、スパイシーな香りがした。
Changi Airport
GSMの携帯電話の電源を入れてみる。「Searching…」という表示が数秒続いた後、現地の携帯キャリアの電波をつかんだ。そこから会社に「今着いたよ」コールを入れる。
空港で、現地ガイドのメイさんという女性と合流し、彼女の先導でホテル行きの貸切バス乗り場へと向かう。ほんの100メートルぐらいの距離だが、暑い。
バスは日本の観光バスと変わらない。三菱ふそう製だったが、フロントガラスに

「南無阿彌陀佛」

というステッカーが貼られていたご利益のおかげか、大きな事故もなく無事に乗っていくことができた。
道路は日本と同じ左側通行。走っている車はベンツがやたら多い。大きな実をたわわにつけたヤシやらマンゴーやらの木が街路樹になっているところ、さすがは熱帯の国という感じ。
今回の研修は1人で申し込んだので、参加者は知らない人ばかりで、自由時間はきっとずーっと単独行動なんだろうな~と思っていたら、以前仕事でからんだことのある、国際電話のプロダクトオーナーの部長さんがたまたま一緒だということがわかり、その人にくっついていくことにした。
「City HallのPan Pacific Hotelに旨い中華の店があるよ」ということなので、そこで落ち合うことにする。Orchardというところにあるホテルにチェックインして、部屋に。ホテルは日本の高級ホテル並み。アメリカみたいにベッドに枕3個並ぶほど広いわけではないが、それでもゴージャスであることには違いない。
さて、ホテルからPan Pacific Hotelまで行くのに、地下鉄で行ってもいいのだが、切符の買い方もよくわからんし、せいぜい2~3キロぐらいなので、歩いていくことにする。Orchard Roadというところを海岸方面に向かって歩いた。Orchard Roadは日本の表参道みたいな感じで、街を歩いている若者もアジア系。あんまり外国に来たという実感がわかない。日本にいるのとあんまり変わらない気がした。それでも、標識や案内表示は英語がメインで、外国人にとってもわかりやすい。
途中、あまりに蒸し暑くて喉が渇いたので、ジュースを売ってそうなスタンドバーに立ち寄る。肌の浅黒い、インド系かマレー系のオヤジさんが寄ってきて、「Are you Japanese?」と聞いてくる。「Yes.」と答えると、「Very good.」などと言ってくる。何がgoodなのか知らないが。それで、すすめられるまま缶ジュースを買った。1本S$2.50(175円)。どうやら物価は日本より高いみたい。
さてPan Pacificに着き、部長さんと落ち合って中華料理をいただく。味は日本のバーミヤンとあんまり変わらなかったが、塩味がハッキリしていて旨かった。帰りは怪しい足ツボマッサージの店に連れて行ってもらう。中国系のお姉さんに足の裏を揉まれたり叩かれたり。日本より荒っぽいんだが、気持ちよかった。1時間で約S$50(3500円)。日本より相場的にはるかに安かった。
店を出たときはもう夜の12時。それでも街は活気に満ち溢れていた。


【2004/7/3追記】
よくシンガポールでは「ゴミをポイ捨てすると罰金」とか「落書きすると鞭打ち刑」とか、そういう厳しい面ばかりクローズアップされて日本に伝わってくるが、道路にはいたるところにゴミ箱がちゃんと備え付けられており、どこかの国みたいに「テロ対策」とかでゴミ箱に封がされてたりなんてことはない。これでポイ捨てする奴がいたら罰金ぐらいしょうがないなというほど整っているのである。

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