続・インターネット社会

僕は最近,とある古代漫画関係のWebサイトによくお邪魔しているのだけど,そのサイトを見に来る人は,男女比がおそらく5:95はあろうかというぐらい圧倒的に女性が多く,ネットの常識からいうと特異ともいえる環境だ。もちろん管理人も女性で,かといって女性限定のサイトでもないので,普段は無数の野郎どもに紅二,三点という環境に日常的に慣れた僕にとっては,とても新鮮に感じ,毎日のようにチャットや掲示板に入り浸たっている。雰囲気もとても和やかで,とても嬉しい。
ところが,そのサイトで最近,ちょっとした問題が起こった。そのサイトによく来ていた1人の男が,そこの女性たちをナンパしようとしたり,チャットで彼女らにセクハラまがいの質問や発言をしたりしたというのだ。幸い,その男は彼女たちから総スカンを食らい,すぐにそのサイトから姿を消したが,しばらくの間,女性たちは報復を恐れて不安な日々を過ごしていた。まあ,セクハラまがいの言動をする奴なんて,思いきり罵倒してやればいいのだけれど,ネット初心者が多い彼女たちは,どう対応していいのかわからなかったようだ。
まあ,セクハラっつってもやる人によってセクハラになったりならなかったりするわけだし,文章の表現が悪くて誤解を与えるってこともあるわけだけど,男女間の関係が未成熟な日本社会,何が相手を傷つけるかわからないので,僕も気をつけなきゃ,と痛感したね。

インターネット社会

インターネットもだいぶ一般に普及してきたみたいで,今や単なる学術ネットの域を超えて,それなしでは社会生活が成り立たなくなるぐらい重要な生活インフラの1つにまで成長してきたようだね。それはそれで非常に喜ばしいことなんだけど,それとともにインターネットは年々腐ってきているような気がするね。
 特に気になるのが,ろくにユーザ教育も受けないでネットにアクセスしてくる,いわゆる「ネット初心者」だ。僕らの時代なら(といってもほんの4~5年前だが),大学の先生や,いわゆるネット常連とよばれる人たちに(ときには厳しく叱られながら)ネットの使い方についてしっかり教育してもらい,怪我をしないような技術を身につけてから使っていたものだが,最近ではパソコンさえ買えば自分で特に設定しなくてもネットにアクセスできる上に,儲け先行型の商用プロバイダは自分のプロバイダを使ってくれさえすればいいもんだから,ろくにユーザを啓蒙しない。
 その結果,コンピュータリテラシーはおろか,一般常識さえおぼつかないようなネットサーファーが増えてきた。一度他人が聞いて解決済みの質問をFAQや過去ログも読まずに同じ質問を繰り返すなどは序の口で,改行しないでメールを送り付けてくる奴,ナンパしか考えないネットオタク,掲示板にエッチ画像を張り付けて荒らすバカ,ひどいのになるとマイナーなブラウザやゲーム機のインターネット機能を使ってアクセスしてきて,チャットができないからとWebマスターを責める奴。呆れ果てて物が言えないね。おまえら馬鹿か,と言いたい。ゲーム機で,パソコンと同じ機能を期待するほうが無理なんだよ。チャットができないのなら,チャットができる環境を用意すればいいだけのことだ。自分の環境が適してないのに,Webマスターに文句言うのは,筋違いもはなはだしいね。
 クルマだって,ちゃんと教習所に通って免許を取ってから運転するのと同じように,ネットだって,RFCを読めとまでは言わないけど,せめてユーザ権限としての使い方ぐらい勉強してから使え,と言いたいね。ろくに勉強もしないネットビギナーに,ネチケットも何も考えずに,あたりまえのように使われると,迷惑このうえない。
 あと,もう一つ気になる点。それは,ハンドルネームを使ってインターネットでモノを言う人間が増えてきたことだ。ネットの世界に限らず,公の場で意見を言うときは,素性と名前をちゃんと名乗ってから言うのが礼儀であり,常識だ。意見箱への投書だって,匿名でやると怪文書扱いになるしね。
 インターネットでも,たいていのMLとかfjニュースグループとかに投稿するときには,所属(会社名・学校名)と本名をシグネチャに明記することになっている。喧嘩したり,罵り合ったりするときでさえも,お互いに素性がわかった状態でやっていた。それが,いつのまにかパソ通の影響でみんなハンドルネームを使うようになってしまった。
 パソ通なら,いくら普段ハンドルを使って話をしようが,パソ通業者が全会員の個人情報を把握しているので,万一会員間でトラブっても,最悪,パソ業者が対応してくれるけど,インターネットでハンドルネームを使われると,その人の素性を調べるすべがないので,それをいいことに変なことをする輩が出てくる。匿名の人間が好き勝手してひっかき回すと収拾がつかなくなってしまう。
 別に住所や電話番号までネットで公開しろというつもりはないけど,自分の名前さえ満足に出せないような風通しの悪い今のインターネット環境は,病んでいるとしか言いようがないね。

アメリカに未来はあるの?

今日はJuly 4thで,アメリカの独立記念日ってことで,アメリカの話をしよう。
 アメリカの空前絶後の成長も一段落してきて,加熱ぎみの株価もだんだん雲行きが怪しくなってきている気配がしているようだ。それとともに,アメリカの将来を危ぶむような声もそろそろ出はじめているみたいに思える。
 しかし,私が思うに,アメリカ英語が国際標準である限り,アメリカは絶対に大丈夫だ。 今の世の中,標準を取った者が勝ちだ。 Mac対Wintelの競争の例をあげるまでもなく,中味の出来はともかく,標準さえ取ってしまえばシェアを握ることができ,競争に勝つことができる。ましてや,言葉というのは人間が生活するうえでの根幹をなすものだけに,国際標準の言葉を母国語として使うことのできるアメリカ人の世界的優位性は,疑いようがない。アメリカ標準のことをしばしば「グローバル・スタンダード」と表現する由縁は,ここだ。
 加えて,アメリカには世界最高の技術力と知的財産がある。教育水準の高い,優秀な人材が世界中からアメリカに押し寄せ,高いモチベーションと自由な発想で素晴しい製品を創造し,またそれを正当に評価する風土がある。珍奇なものに拒絶反応を示すどこかの国では認められなかったものが,アメリカで花開いた例は,枚挙にいとまがない。
 翻って,わがニッポンはどうかというと,出る杭を打つ画一的教育で全員に同じ内容の教育を受けさせ,給食では同じものを同じ量だけ同じ時間で食べさせる。そうすると,当然,同じだけO-157を摂取することになるわけなんだけど,発病して命を落とす子もいれば全然ケロッとしている子もいる。つまり,人間にはそれぞれ個体差があるってことを示すいい例なんだけど,日本の教育ではそれを認めないわけだ。そのうち中学生ともなると,実用性のかけらもない受験パズル英語漬けにされ,英語嫌いを増やし,英語の話せない日本人が増えていくわけだ。
 そうやって,国際競争力のない既製品を大量生産してきたニッポンが,いつのまにか「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと驕り高ぶり,「外国から学ぶことなど何もない」などとあぐらをかきはじめた。実際は,土地を転がして見かけ上の地価が増えていただけなのに,金持ちになったように錯覚してきたわけだけど,何のことはない,化けの皮がはがれてしまえば元のもくあみだ。
 今の日本の不況は,先進国から学ぶことをやめてすっかり慢心した日本の,当然の報いといえるね。