国際社会での日本

この前の朝のことだったけど,埼京線の池袋は相変わらずのラッシュで,通勤のサラリーマンやOLが電車にパンパンに詰め込まれて電車のドアが閉まらないほどになっていた。駅員さんが閉まり切らないドアに駆け寄って乗客を押し込んだりしていたわけだけど,その日,明らかに観光半分で日本に来たとみられる中年の外人15人ぐらいの一団が,その光景を見て人目構わず大声でゲラゲラ笑ったり,写真を撮ったりしていた。奴等は白人のおっさんばっかりで,英語のアクセントからは明らかにアメリカ人だった。奴等にとって,初めて見る通勤ラッシュのサラリーマンたちは,さながらコメディ俳優か,牧童に追い立てられて小屋の中に入っていく羊の群れにでも見えたんじゃないかな。
街を歩いてても,外人(特にアメリカ人)は日本の占領者だと言わんばかりに我が物顔でのし歩き,日本人を下に見ている。神戸にいた頃は,外国人も日本人も対等だと思っていて,そのように接してきたんだけど,東京ではその姿勢は通用しないようだね。彼らは日本人社会に溶け込もうとはしないし,その必要性もないと思っている。ましてや,日本語を話そうなどとは夢にも考えようとしない。日本人と接するといえば,道を聞く時と,英会話学校で教える時と,女の子をナンパする時ぐらいのものだ。もちろんそのときも,英語しか使わない。高校のときに,アメリカから交換留学生の女の子が来たんだけど,彼女は日本のホストファミリーに開口一番,「英語は国際標準語だから,あなたたちもみな英語を使うのが当然です。私に話しかける時は英語を使いなさい」と言ったそうだ。
日本人にとっては,全く舐められた話だけど,外人は体も大きいし,喋り方も立ち居振る舞いも明るいし,おまけに自己主張も強い。喧嘩して到底叶う相手ではない。また,顔形も彫りが深くて美形だし,背も高いし筋肉質だしナニも大きい(^^;)し,我々がどう逆立ちしても手に入れられないものを持っている。
「グローバル・スタンダード」と言われ続けて長いけど,日本や日本人のやることなすこと,こうまでみんな外国とあべこべになっているっていうのもちょっと珍しいんじゃないか。日本の昨今の経済的・技術的な凋落ぶりを見るにつけ,日本は完膚なきまでにやられてしまったなあという印象が強いし,日本の硬直化した社会システムそのものが変わらない限り,これじゃ外人にいいようにされてもしょうがないなあと思うね。

Pocket
Bookmark this on Delicious
LINEで送る